つい先日、国内旅行に出かけました。わたしが旅行先に選ぶのは、たいてい温泉地。温泉が何より好きなのです。

 日本は温泉地が豊富です。しかも温泉のお湯の質や成分の数だけ楽しみがあります。

 宿につくとまず一風呂。その後ゆっくり休みながらパラパラと本を開く。そのうち寝てしまう……起きるとまもなく夕食。食べ終わってまたパラパラ。お腹がこなれた頃にまた入浴。あがってきたらお布団に入り、部屋の電気を消し読書灯をつけて、眠るまでパラパラ。そのまま寝てしまう幸せ。もちろん朝湯も忘れません。

 温泉地では寝て起きて入浴して読む、の繰り返し。日常から離れて、たまの上げ膳据え膳もよいものです。

 というわけで、わたしが温泉地へ持っていった本を二冊ご紹介します。

坂口恭平著『徘徊タクシー』(新潮社)。

 祖父の危篤の知らせを受け、地元熊本へ帰った主人公の青年・恭平は、久しぶりに会った曾祖母のトキヲの様子がおかしいことに気がつきます。認知症になったトキヲと目があった恭平はこう思います。

 「僕は今、トキヲを見ている。(中略)人間の視神経は焦点が合っている部分しか実は見えていないそうだ。つまり今、僕が本当に知覚できているのはトキヲのその眼球だけなのである。焦点が合っている部分以外は漆黒の闇で、人体は幻覚を作り出すことで「見えている」と誤解しているらしい」

 わたしたちが「見えている」と思い込んでいる焦点の合っていない部分は何で出来ているかというと、その人の記憶。だれもが記憶の世界を見ているということになります。

 トキヲとドライブに出かけた恭平は、トキヲの記憶を辿っていきます。認知症で記憶を失っていると思われていたトキヲに記憶があると知った恭平は、徘徊する老人たちを目的地に送り届ける「徘徊タクシー」を起業しようと思い立ちました。

 ものの見方はひとそれぞれ。実は自分が見えていないもので世界は出来ている。小説はそこには見えないものを言葉で浮かび上がらせ、時空も超えていきます。

 「徘徊タクシー」もまた時空を超えます。