「ソーシャルメディア的」にブレイクした秩父

 秩父は元々観光やグルメスポットが豊富な地域ではあったものの、観光地としてはなかなかブレイクできないでいた。

 それが近年になって、アウトドアブーム、スピリチュアルブーム、アニメの舞台になったこと、鉄道会社や観光協会による積極的なPR、口コミといった複数の要素により、秩父は埼玉県内外から注目を集めるようになった。

 もちろん、鉄道会社や観光協会など影響力のあるキープレーヤーの存在は見逃せない。だが一人の訪問者として観察していると、メインの仕掛け人が前面に出ているようには感じられない。普通の人々が「秩父にあれがある、これがある、秩父の何々が面白い」と各分野で勝手に盛り上がり、それがいつの間にやら相乗効果を成して今のブレイクをつくったような印象がある。

 別の言い方をすれば、誰彼ともなく「秩父、いいね!」と“いいねボタン”を押しているうちに、何となく秩父はブレイクした。その意味では、秩父の盛り上がり方は極めて「ソーシャルメディア的」である。

 埼玉新聞の2015年5月の報道によると、今年の「芝桜まつり」には観光客が昨年度比15%増の58万1411人に達したとある。5月の秩父が晴天に恵まれたことも差し引いても、秩父への関心が高まってきた証左といえる。

 ひるがえって日本全体を見てみると、映画のロケ地となったりパワースポットとして紹介されたりしたことで、観光客が増えた地域は少なくない。けれどもブームが去れば「いつもの街」に戻り、リピーターの獲得や次の一手が出せずに停滞する地域も多い。

 秩父を舞台にしたアニメ「あの花」が放送されたのは2011年。あれから4年が過ぎたが、今も聖地巡礼に訪れるアニおたは絶えない。その理由は先に述べたように自治体や鉄道会社の努力が大きいからだが、昔から観光名所が多い地域だったことも大きいだろう。

 アニおただって一人の観光客である。自然やグルメを楽しみたいだろうし、本当の聖地(神社)だって見たいはず。秩父には幅広い観光客を受け入れられる底力が十分にあったのだ。

 地域の人たちの力もある。ややひねくれた見方だが、最近の「秩父ブーム」は、昔から存在している観光スポットが改めて話題になっただけともいえる。

 だからこそ、地域の人たちは戸惑うことなく観光客の増加に対応した。地域活性化の取り組みは、それを呼びかける側と、実際に観光客を受け入れる地域の人たちとの間にギャップがあると、うまくいかない。秩父は両者の「温度差」が少なかったので、一体感のある活性化活動ができたように思う。

 田舎の雰囲気と話題性がほどよくミックスされた観光地

 「あの花」の脚本家で秩父市出身の岡田麿里(おかだ・まり)氏は、カルチャー系Webメディア「CINRA.net」のインタビュー記事で、秩父を舞台に選んだ理由を「東京に近いはずなのに、山に囲まれていて閉塞感のある田舎の雰囲気が、過去から抜け出せなくて同じところをグルグル循環しちゃっている子たちに合っていたから」と語っている(CINRA.netの記事はこちら

 筆者が生まれも育ちも秩父市という人たちに「秩父っていいところですね」と言うと、特に若い世代からは「単なる田舎ですよ」と返ってきた。筆者には、その返事からは「地元を離れてみたい」という願望が感じられた。

 一方、働き盛りの世代からは「何にもないけど、いいところだよ」と、この土地に心地よさを感じているであろう回答が多く返ってきた。

 若い世代と働き世代の感想には、真逆のような印象がある。だが筆者は両者に共通点も感じ取った。それは、「秩父という田舎」ののんびりした空気に親しみを持っているであろう点だ。

 田舎に住んでいない筆者の勝手な言い分だが、商売っ気が漂うと田舎の良さは半減してしまう。秩父は近年のブレイクを通じて多くのメディアで取り上げられたが、それでも秩父が備える「田舎の良さ」は決して失われていない。他方、スピリチュアル、グルメ、アニメなど話題の要素もさりげなく取り入れているので、訪れる観光客の期待を裏切らない。

 その絶妙なバランスが保たれているのは、秩父が備えている、岡田麿里氏が言うところの「閉塞感のある田舎の雰囲気」なのかもしれない。

 冒頭で、筆者は満開の桜並木を見たと書いた。この時に見た満開の桜は、電車からではなく移動中の自動車からだった。以降、複数回秩父を訪問しているが、あの並木道を走ったのはそれきりだ。実は自動車を運転した秩父の知人が、少し遠回りして秩父の桜を見せてくれたのだった。

 それに気が付いたのはずっと後のことだが、それだけに初めて秩父に行った時の記憶は強く残っている。もしかしたら、いつものルートが渋滞していたのかもしれない。初めて見る景色を勝手にいい記憶に変えてしまっただけかもしれない。だが、秩父に対する良い印象は3年以上経っても変わらない。ここにはただの田舎にもない、ただの観光スポットにもない、さりげない優しさがあるように思うのだ。

 スピ女、アニおた、帰りの電車でときどき出会う山おやじ。もちろん、「普通のあなた」も楽しめる。幅広い人を受け入れてくれる、懐の深い秩父。一度訪れてみてはいかがだろうか。以上、秩父に惚れた女からのメッセージである。

Profile
秋元 しほん(あきもと・しほん)
兵庫県尼崎市生まれの埼玉育ち。30歳の時に思い立ってフリーランスになり、雑誌、書籍、Webサイトなどでライターや広報業務を行う。現在、食品関連会 社に勤務中。幼少時、家族で出かけると必ず迷子のアナウンスが掛かったほどの寄り道癖が、今の仕事に役立っていると信じている。

(2015.12.3 CAMPANELLAより転載)

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