ドリンク代を払うからこそ酒場の醍醐味に共感できる

 ウーロン茶からオレンジジュースに変えて飲みを楽しむ高橋さん。話題が、酒場の水問題に移ってきた。

 「確かに最近の下戸の人、特に若い人の中には、どうせなら安く済ませたいと水を頼む人がいたりしますよね。ただ、酒場で水を飲むのは人生かなり損していると思うんです」

 酒場で水を飲むのは人生においてかなりの損をしている。この視点も斬新だ。下戸の酒場好き・高橋さんの説明は続いた。

 「飲み屋は、何かを飲ませることで成立している場所なんです。たとえ、お酒よりも割安のソフトドリンクでも、飲むものにお金を払うことで、場所の維持に貢献するわけで、その場所がどうして成り立っているかが実感できるし、それが他のお客さんたちとの共感につながります。でも、無料の水を飲んでいると、酒場の出来事や空気に実感も共感も持てないですよね」

 飲むものにお金を払う行為は、酒場という空間を楽しみ、他の客たちとの時間やドラマを共有するためのチケットを買う行為に近い。酒を飲める人は酒を飲み、飲めない人はウーロン茶やジュースを飲み、飲み屋を支え、飲み屋を満喫する。ドリンク代を払うからこそ酒場の醍醐味(だいごみ)を味わえるというわけだ。

 「ぼくは、時々、自分がなじみになった個人経営の酒場に新入社員を連れていくんです。そして、彼らに、気に入ったら繰り返し通って、店の人に顔を覚えてもらって、常連になるように言っています」

 ただ飲食して仲間と話すだけではない、人のつながりも熟成される個人店の居酒屋は、20代の若い人たちには刺激的だ。

 「仕事では会えない人に会えて話を聞けるのは、スゴいことだと思います。私は、会社でセミナー担当なんですが、勉強になります」と、高橋さんの部下の有沢さん。

 なんだかんだと2時間ほど飲み、高橋さんの表情と口調がいかにも酔っているようになってきた。

 「独身の頃、女の子と飲みにいってカッコつけてビールを飲んだことがあるんですよ。一応、男だから、口説こうとか考えますよね。それが途中で気を失って、気がついたら、彼女の自宅で彼女のお母さんに介抱されていたんです(笑)」

 下戸の酒場の失敗談。小耳に挟んだ周囲の人たちが次々に笑う。高橋さんは、一気に界わいの人気者だ。「酒場を一番楽しめるのは下戸」なのかもしれない。筆者もホロ酔いの頭でそう感じた。

Profile
須田泰成
須田泰成(すだ・やすなり)
コメディライター/地域プロデューサー/著述家
1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。

(2015.09.24 CAMPANELLAより転載)

文・写真/須田泰成

CAMPANELLA[カンパネラ]
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