食を通じて学んだことはすべてに応用が利く

 松嶋は決して料理だけしか知らない「昔気質の職人タイプ」ではない。松嶋の口からは料理にとどまらない、政治、経済、スポーツと多岐にわたる話題が飛び出してくる。

 「食を通して、物事をクリエートするコツや、考え方、人との接し方など、様々なことを学べました。食が、僕のクリエート力、発想力をつくってくれました。

 食はすべての文化における原点なので、食が学ばせてくれたことは、すべてに応用が利くんです。

 だから僕はいろんなことに興味が持てるし、いろいろなことにチャレンジしたいんです」

 インタビューの最後に、松嶋はKEISUKE MATSUSHIMAが入っている建物の前に立ち、こう言った。

 「この建物は300年ほど前の建物なんです。いろんな歴史がこの建物には詰まっている。

 実はここ、第二次世界大戦中にレジスタンス活動家のジャン・ムーランが、密かに身を隠していた場所だったんです。そんなことは、後から知ったんですけどね」

* ジャン・ムーランは、対ナチスドイツ抵抗運動の闘士であり政治家。第二次世界大戦中、ドイツに占領されたフランスで反独・反全体主義の旗を掲げた。

 松嶋はそう言いながら少し微笑んだ。

 インタビューが終わった後、なぜ松嶋はジャン・ムーランのことを持ち出したのかと考えた。

 次第に、松嶋が子供の頃にコロンブスに憧れ、サッカー選手カズに憧れ、そしてフランスに渡りフランスで店を成功させ、日本人で初めてフランス政府から文化勲章を受けたことに思いが及んだ。すると、松嶋が最後に見せた横顔は、レジスタンス活動家のようにも思えてきた。

 彼が観察眼を行き渡らせ、思慮を働かせ、抵抗しそして打ち勝ったのは、自らの可能性を阻害するものすべてである。

■参考資料
『情熱のシェフ-南仏・松嶋啓介の挑戦』、神山典士、講談社
『バカたれ。』、松嶋啓介、主婦と生活社
『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』、本田直之、ダイヤモンド社

松嶋 啓介(まつしま・けいすけ)
シェフ:株式会社アクセレール代表取締役


1977年福岡生まれ。エコール辻東京料理専門学校卒業後、 渋谷「ヴァンセーヌ」を経て20歳で渡仏。2002年の25歳の自身の誕生日にフランス・ニースにて、レストラン「Kei’s passion」をオープン。2006年、28歳の時に本場フランスのミシュラン一つ星を獲得(外国人最年少)。同年、店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改め、拡大オープン。2015年時点で、10年連続ミシュラン一つ星を連続獲得中。2009年6月に東京・神宮前に東京で取り組む地産地消をテーマにした「Restaurant-I〈レストラン アイ〉」をオープンさせ、同店も2011年、2012年とミシュランにて一つ星を獲得。フランス政府より日本人シェフとして初めて、さらに最年少で「フランス芸術文化勲章」を授与される。また、日本酒文化を世界に発信した功績を認められ、2010年10月、日本酒造組合中央会が認定する「第5回酒サムライ」の称号を叙任した。2014年7月14日に東京「Restaurant-I」の店名を本店同様の「KEISUKE MATSUSHIMA」に改名する。

著書に『松嶋啓介の家でもおいしいフレンチ』(講談社)、『10皿でわかるフランス料理』(日本経済新聞出版社)。2015年4月には各著名人との対談集『バカたれ。』(主婦と生活社)を出版。松嶋の評伝として『情熱のシェフ-南仏・松嶋啓介の挑戦』(神山典士著、講談社)がある。
Profile
十代目 萬屋五兵衛(じゅうだいめ・よろずやごへい)
フリーライター
本名:高橋久晴。株式会社更竹代表取締役。大学卒業後、音楽業界から職業人歴をスタートさせる。制作、宣伝を中心に独自のマーケティング戦略で有名ミュージシャンやアーティストたちと多くのプロジェクトを成功させる。その後、飲食店開発の企業に転職し、飲食店をリアルメディアとしたマーケィング部門や、他業種のリアル店舗をつなげた新BGMサービス事業、フィットネスコミュニティ事業など、ライフスタイル事業を幅広くプロデュース。数社の役員を歴任後の2013年、家業の会社を軸に自身の経験を活かした企画コンサルティング事業を開始。「現代版よ・ろ・ず・や」というコンセプトを掲げ、多くの企業のプロジェクトに携わっている。

※萬屋五兵衛:1700年代から家系伝承されてきた職業名

(2015.11.26 CAMPANELLAより転載)

CAMPANELLA[カンパネラ]
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