フロアに立ってサービスの最前線を学ぶ

 入学から1年後、専門学校に通いながら働き始めた店がある。渋谷のフランス料理店「ヴァンセーヌ」だ。そこには1900年代にパリのホテル・メリディアンで副料理長も務め、本場フランスでの経験も豊富な酒井一之シェフがいた。

 酒井シェフは『フランス料理の源流を訪ねて』(同朋舎出版、1986年)という書籍の監訳もしている著名なシェフの1人。その店で、松嶋はフロアのサービス係としてスタートした。

* 渋谷ヴァンセーヌは1980年に開店。酒井一之氏がシェフに就任すると、従業員に米と醤油の使用を禁止しフランス流の徹底を目指した。1999年、ファンに惜しまれながら閉店した。

 望んでいた厨房には入れなかったが、松嶋は現場で工夫を凝らしながら働いた。

渋谷ヴァンセーヌでの修業時代
渋谷ヴァンセーヌでの修業時代

 「まずはフロアのサービスとしての勤務でしたが、みんなが出社する前の早朝7時ぐらいには出社して、自分でパイ生地を折ったりとか、先輩の仕事を盗んで魚をおろしたり、デザートを準備したりしていたんです。みんなが出社する時間になったら、僕はサービスに戻ってお店の掃除や準備をして。

 自分で言うのも何ですが、仕事を飲み込むスピードは速かったと思います。サービスをしながらのお客さんとのコミュニケーションにも自信がありました。料理の説明やほかのメニューを提案したり。お客様がリピーターになってくれるとうれしかったですね。

 2年目に入ると、サービスフロアの責任者がいなくなっちゃったんです。それで自然に自分がそのポジションに就いてしまいました(笑)。

 客席での振る舞い、コミュ二ケーション、ワインの取り扱い方、その他いろいろと、厨房以外におけるレストラン経営のノウハウを学べました。

 でもやはり、厨房に入りたい。そこで、東京で働きたがっていた知人を自分の代わりにフロアサービス係として店に入れて、自分は厨房に入りこんだんです」

≪次回、1月27日に続く≫

松嶋 啓介(まつしま・けいすけ)
シェフ:株式会社アクセレール代表取締役


1977年福岡生まれ。エコール辻東京料理専門学校卒業後、 渋谷「ヴァンセーヌ」を経て20歳で渡仏。2002年の25歳の自身の誕生日にフランス・ニースにて、レストラン「Kei’s passion」をオープン。2006年、28歳の時に本場フランスのミシュラン一つ星を獲得(外国人最年少)。同年、店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改め、拡大オープン。2015年時点で、10年連続ミシュラン一つ星を連続獲得中。2009年6月に東京・神宮前に東京で取り組む地産地消をテーマにした「Restaurant-I〈レストラン アイ〉」をオープンさせ、同店も2011年、2012年とミシュランにて一つ星を獲得。フランス政府より日本人シェフとして初めて、さらに最年少で「フランス芸術文化勲章」を授与される。また、日本酒文化を世界に発信した功績を認められ、2010年10月、日本酒造組合中央会が認定する「第5回酒サムライ」の称号を叙任した。2014年7月14日に東京「Restaurant-I」の店名を本店同様の「KEISUKE MATSUSHIMA」に改名する。

著書に『松嶋啓介の家でもおいしいフレンチ』(講談社)、『10皿でわかるフランス料理』(日本経済新聞出版社)。2015年4月には各著名人との対談集『バカたれ。』(主婦と生活社)を出版。松嶋の評伝として『情熱のシェフ-南仏・松嶋啓介の挑戦』(神山典士著、講談社)がある。
Profile
十代目 萬屋五兵衛(じゅうだいめ・よろずやごへい)
フリーライター
本名:高橋久晴。株式会社更竹代表取締役。大学卒業後、音楽業界から職業人歴をスタートさせる。制作、宣伝を中心に独自のマーケティング戦略で有名ミュージシャンやアーティストたちと多くのプロジェクトを成功させる。その後、飲食店開発の企業に転職し、飲食店をリアルメディアとしたマーケィング部門や、他業種のリアル店舗をつなげた新BGMサービス事業、フィットネスコミュニティ事業など、ライフスタイル事業を幅広くプロデュース。数社の役員を歴任後の2013年、家業の会社を軸に自身の経験を活かした企画コンサルティング事業を開始。「現代版よ・ろ・ず・や」というコンセプトを掲げ、多くの企業のプロジェクトに携わっている。

※萬屋五兵衛:1700年代から家系伝承されてきた職業名

(2015.11.26 CAMPANELLAより転載)

CAMPANELLA[カンパネラ]
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