憧れのサッカー選手との出会いが与えてくれたもの

 仕方なくとは言うものの、実際には松嶋は県内有数のサッカー強豪校を受験し入学する。「普通の高校に行ってもつまらない。どうせだったら、ずっとやりたかったサッカーをやろう」と決意したためだ。

 この決意の裏には、一人のサッカー選手の存在がある。カズこと三浦知良だ。未知なる世界を目指したコロンブスが、松嶋にとって幼少期からのヒーローであったならば、1980年代初頭、15才で単身ブラジルに渡りプロ選手になったカズの存在は、松嶋にとって実在するリアル・ヒーローだった。

 実はその後、松嶋はカズに二度会っている。1回目は中学時代のこと。Jリーグで全盛期を迎えており、福岡遠征に来たカズに何とか会うことができ、一緒に写真を撮らせてもらった。

 料理の頂点を目指して一人渡仏した青年・松嶋の支えになったのは、この時の写真だったという。料理とサッカーと分野は違えども、異国の地で孤軍奮闘したカズが松嶋の心に響いたことは想像に難くない。

 2回目は、写真撮影から十数年後のことである。フランスで栄光を手にしたシェフ・松嶋は日本のメディアからも注目されるようになり、カズと缶コーヒーのコマーシャルで共演することになったのだ。

スター選手になる先輩たちから教えてもらった“方程式”

 「その学校は私立だったのですが、親には『高校に行ってくれ』と頼まれたこともあり、無理を聞いてもらって入学し、サッカーをやらせてもらいました。もちろん、部内では一番下手でしたね(笑)。だけど、根性は一番据わっていたと思います。

 テクニックはないけど、体力はありました。長距離走は一番でしたから。ずっと動いていられたんです。最初はみんなにからかわれていましたけど、先輩たちの朝練習も、夜の居残り練習にも付き合っていました。

 そうすると、先輩たちにかわいがられて、先輩たちが教えてくれる。ほかの同級生はなかなかそういう感じにはなりませんでした。ずる賢いようですが、処世術みたいなものの感覚は鋭かったと思います」

高校時代
高校時代

 松嶋が入学した高校は、1学年上には日本代表選手まで務めた久保竜彦がいるほどのサッカー名門校だった。サッカー部員は100人を超える大所帯。もちろんレギュラーにはなれない。

 試合では、いつも観客席で野次を飛ばす役割だった。それでも、サッカー部は面白かった。

 「本当に久保さんはズバ抜けて上手かったんです。誰も止められないくらいでした。でもなぜか、僕は止められるんです(笑)。

 一緒に練習していたので、彼の癖を知りつくしていました。『こんな奴に止められている!』みたいにムキになっている先輩と、いつもサッカーを楽しんでいました。

 でも、既に数年前からサッカー一筋でやってきている人たちと、自分との間には大きな差がある。その年月はどうやっても埋められない。そのことを痛感していました」

 それでも、日本を代表する選手にもなる先輩たちとの交流の中で、松嶋は将来に向けての重要な“方程式”を学ぶことになる。

 「その時代に、先輩たちから言われていたこと。それは、『夢、計画、実行が大事だ』ということでした。

 久保さんは『夢を持ったら、それを計画して、実行する。3つの簡単な言葉だけど、俺はこれをやってプロになるんだ』と言って、本当にプロになっちゃったんです。

 そんな人を目の前で見てきて、夢を実現するための最短距離の方法を先輩たちに教えてもらえたのだと深く思いました。

 自分には、やはり料理だ。そう強く思うようになっていったんです」

 松嶋の頭の中には、世界を見据えた方程式が見えていた。

 「高校を卒業して、料理の世界に入ったら、スタートダッシュで勝負だと思いました。コロンブスやカズのように、世界を目指す。だから寿司ではなくフランス料理だと。そして、夢、計画、実行だと」