小さなゲストハウスから広がった国際交流

 リピーターが多いやどやゲストハウスの話を聞いていると、宿と客の関係が、単なるサービスの提供者と享受者で終わっているわけではないように感じられる。その感覚をたとえて言えば、緩やかに形成されたコミュニティだ。

 2011年に発生した東日本大震災の後、放射能に対する懸念もあって日本中の観光地から外国人観光客が消えていなくなったことは記憶に新しい。当時、やどやゲストハウスも創業以来の危機に陥った。

 「震災の後、ほとんどの外国人がいなくなってしまいました。うちも予約キャンセルが相次ぎ、新規の予約も入らなくなりました。家賃が出せない月もあり、しばらくの間は厳しかったですね。でも、そんな暗い時期に、フランス人の女性宿泊客が、とにかく週に1回くらいは一緒にごはんを食べようということで、料理を作ってくれたんです」

 毎週火曜日、その時に都合のつく宿泊客またはスタッフが料理を作り、食べた人は、材料費として500円を払う。このような「ワンコインディナー」というイベントの始まりがそれだった。

 「一緒に食べるっていいんですよね。そのうちにうわさが広がって、宿泊していない、まったく関係のない日本人までも来るようになって(笑)。いろんな人が集まって、そうこうするうちに経営危機も何とか乗り越えていました」

 やどやゲストハウスは、人が人を呼ぶつながりが生まれる場でもあるようだ。

 そのような山本さんが続けているのが、宿泊客と中野の飲食店をつなぐことである。

 「『YADO☆MAP NAKANO』というPDFファイルを作って、外国の人にいろんなお店を紹介しています。ホームページからダウンロードできるようにしています」

 そんな山本さんオススメの天ぷら専門店に案内していただいた。中野駅北口から徒歩7、8分。暖簾(のれん)をくぐり、ガラリと木戸を開けると、落ち着いた白木のカウンターが現れた。人生のベテランのご夫婦による店。店内には、香ばしい天ぷらの匂いが漂っている。

 「こないだもヨーロッパの人が来てくれて喜んでたよ。ありがとう」と、山本さんの顔を見るなり、大将が言った。フィッシュ&チップスでもフリットでもない江戸前の天ぷら。焼き魚やきんぴらごぼうなどの総菜もある。観光客向けの店にはない日本の庶民の味覚を体験する。その空間も、そこに集まる人も、長い年月をかけて自然にできあがったリアルな日本。確かに、筆者も外国で体験したいのは、現地のこういった店であるし、そして「おもてなし」という言葉をあえて使うなら、こういったことだと思う。

 天ぷらを食べにやってきた外国人観光客の話を聞きながら楽しそうな山本さん。こよなく愛する中野の街と人を外国の旅人とつなぎ続ける様子を見ていると、インバウンドという流行の言葉を超えた骨太なものを感じた。

■参考Webサイト:
やどやゲストハウス
YADO☆MAP NAKANO

Profile
須田泰成(すだ・やすなり)
コメディライター/地域プロデューサー/著述家
1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。

(2015.11.26 CAMPANELLAより転載)

CAMPANELLA[カンパネラ]
読者にビジネス情報を提供してきた日経BP社と、ビールを始め数々のお酒や飲料・食文化を創造してきたアサヒビールが一緒になり、「人生を豊かにするクリエイティブ力=遊び力」が高まる話題をお届けします。仕事やオフに関わらず、話題の情報を発想の転換に役立つ情報を提供していきます。
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