仕事を続けて行く中で、キャリアの形成の仕方や、結婚・出産・子育てとの両立など、悩むことも多いのでは? 故郷にUターンして働く方法も、選択肢のひとつになるかもしれません。今回は、「Uターン」「Iターン」で、地方で働くことを選んだアラサーの働き女子たちの、決断と生活をご紹介します。

「この会社にい続けるんだろうか」――キャリアが描けず悩んだ末、Uターン

 丑田香澄さんは1984年に東京で生まれ、秋田市で育ちました。慶應義塾大学を卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現・日本IBM)に入社。25歳で結婚すると、将来の子育てのために、子育てしながら働いている同社の先輩たちに話を聞いて回りました。

 すると、子供の寝かしつけまでベビーシッターに頼んで、男性と同じようにバリバリ働いている女性がいる一方で、キャリアを諦めて5時に帰れる部署に異動した人も。両極端しかいない先輩たちの働き方を見て、丑田さんは迷いました。

 「私は、仕事を精一杯やりつつ、子育ても存分に堪能したい。どちらも手に入れたい自分はどうすればいいのか。この会社にずっとい続けるんだろうか。その先のキャリアは…。悩んでいるうちに妊娠したので、結果として起業に行きつきました」(丑田さん)。

 「子育て中の母親を支えたい」という思いを抱き、同じ考えを持つメンバーと、出産後の母親を支援する一般社団法人ドゥーラ協会を共同設立。「ドゥーラ」とは母親に寄り添い支える存在で、欧米では職業として発達しているとのこと。

 身近に知り合いのいない母親の中には、不安を抱えて産後うつになってしまう人もいます。そこで、「出産経験のある女性が、出産後の母親を支援する」という組織を作ったのです。

 それから2年後の2014年に、一家で秋田県南秋田郡五城目町に移住。ドゥーラは共同設立者らが東京で引き続き運営しています。「故郷に帰って来た理由は、秋田で子育てをしたいという気持ちが生まれたからです」と丑田さんは言います。

 「もうひとつの理由は、故郷から聞こえてくるニュースが、悲しいものばかりだったこと。少子高齢化率が日本で1番、自殺率も1番などという現状を知り、自分にできることがあればやりたいと思いました」(丑田さん)。

 そこで、五城目町に移住。五城目町は夫が起業していた千代田区と姉妹都市でした。町が、廃校になった小学校の建物をシェアオフィスに。すると、ここをベースに起業する若者も出てきました。

 少子高齢化が進む地域で、若者が相次いで起業している状況が注目を浴び、昨年度は4000人もの見学者があったそう。国内はもちろん、海外から訪れる人もいるとのことです。

 「東京に居たときは、多様な人達に出会って刺激を受けていたので、故郷に帰るとそれがなくなるのではないか、と不安でした。でも、自分自身がユニークな活動をしていれば、どこに居てもその活動に興味を持ってくれる人たちに会うチャンスはあります。その上、田舎にしかいないおばあちゃんたちにも会えるので、両者から刺激を受けられる贅沢な環境です」と丑田さん。

 丑田さんは、現在、様々な活動を行っていますが、そのひとつは、五城目町地域おこし協力隊という全国の過疎が進む地域で活用できる制度を利用した、移住や起業の支援です。

 「移住して感じるのは、ここは子育て環境が素晴らしいということ。保育料や医療費は安く、子育て関連の制度が充実しているんです」と丑田さんは言います。さらに、ドゥーラ協会でサービスとして行ってきた母親たちへの支援が、自然な形で残っているとのこと。

 「例えば東京では、たまに飲みに行くときには、託児所に子供を預け、引き取りに行く時間を気にしました。今では、複数の家族が子連れで集まってワイワイ盛り上がっています。子供たちはみんなで遊び、大人は宴会をし、そこに近所のおばあちゃんが今日採れた野菜を持ってきてくれる。そんなコミュニティが生きているんです」(丑田さん)。

 東京で交通量や騒音を気にして暮らしていた丑田さんの子供は、今は美しい自然の中を走り回り、子供からお年寄りまで幅広い世代と出会い可愛がられながら成長しています。「都会で産後うつに悩む人の支援をしてきたので、この環境がお母さんにも子供たちにも理想的だとわかります」と丑田さん。

 仕事を精一杯しつつ、子育ても満喫したいという夢を、丑田さんはUターンによって確実に実現しています。