東京生まれ・東京育ちで秋田に移住した理由

 1980年生まれの和賀郷さんは、生まれも育ちも東京。23歳のとき、新卒で東京都内の人材系のベンチャーに就職しましたが、実業に携わりたくて退職。京王電鉄に入社し、グループ会社の新規事業の立ち上げなどに携わっていました。

 その後、秋田の農家が生産した米の直送を主な事業としている「こめたび」というベンチャー企業に、首都圏の応援団として関わります。創業社長が体調を崩したため、29歳のときに代表に就任。東京に住みながら、月に1週間ほど秋田に行き、米の買い付けや生産物の商品化を行う生活を続けていました。

 日本酒好きの和賀さんは、「せっかく酒どころの秋田にいるのだから、毎日誰かと酒を飲もう」と決めて、ある居酒屋に通いました。その店は、お客さんが家族感覚で酒や食べ物を持って来たり、週5回通って来る常連もおり、いつでも誰かが相手をしてくれる温かい店でした。

 この店で和賀さんは、「2mも積もった雪かきをするのは、都会の人間にはきっと楽しい。ツアーにしてみたい」と提案。雪かきの大変さを知らない、と地元の人には呆れられながらも、協力者を得ることができ、女性限定の雪かきツアーを実行したのです。

 「10人ほどの女性の応募があったので、地元で雪かきの仕方を教えてくれる男性を募集したら、100人も集まりました」。ツアーは大成功。このツアーは現在も人気企画として続いています。

 居酒屋との付き合いは続き、ついには店の常連の男性と結婚。2014年に34歳で横手市に移住しました。「結婚式は美しい田んぼの中で、みんなに集まってもらって地酒を酌み交わす会にしたい」と考えた和賀さんの願いが叶い、田んぼに70人もの地元の住民が集まって結婚を祝ってくれました。

 次の和賀さんの願いは、限界集落で暮らしてみたいということ。限界集落とは、過疎などによって65歳以上の高齢者の割合が50%を超えるようになった集落で、農作業の互助などの社会的な共同作業が困難になった地域です。

 家賃1万円で7部屋。家具が全部揃った家を見つけ、夏の期間4か月間の仮住まいを実行しました。「大量のカメムシが出て、大雨が降ると停電する家ですが、窓から見える景色は素晴らしいもの。周囲には、自分とベクトルの近い考えを持つ若手の農家や、飲食店の経営者などが居て、彼らとの交流も大きな収穫でした」と和賀さん。

 これらの経験を経て、2015年11月に、築約100年の空き家を改修し「よこてのわがや」というコミュニティを作りました。ここのキーワードは「共有」。農家の人に料理教室を開いてもらい、食材と食卓を共有する。地元のお年寄りに昔話をしてもらったり、若手の作家の作品を販売して歴史と文化を共有する。人が集まる井戸端会議の場として人と情報を共有する。現在、和賀さんは、このコミュニティの活動を進めています。

 地方に移住するに当たっては「計画を立てすぎないこと。先々まで計画を立てても、その通りに進むとは限らないので、あまり先を読み過ぎず、軽い気持ちで始めてみるといいと思います」と和賀さん。また、都会と違って狭いコミュニティなので、「他の人の言動を勘ぐり過ぎないよう、鈍感力が大事」とのこと。「地方では、やはり家事は女性がやるものといった“従来の男女意識”が根強く残っているなど、やりにくいと感じる部分もありますが、そうしたことも少しずつ変わっていくと思います」。