2017年4月、ノバルティス ファーマの代表取締役社長に就任した綱場一成さん。イクメンぶりを発揮しながら、ヘルスケアで世界を牽引するノバルティスの日本法人のトップとして社員の「働きがい」を重視した施策を次々と打ち出す綱場さんに、ダイバーシティへの取り組みとその意気込みを聞いた。

多様な人材が「いるだけ」では会社は成長しない

綱場一成さん
ノバルティス ファーマ代表取締役社長

1994年東京大学経済学部卒業。2001年米国デューク大学MBA取得。米国イーライリリーにてセールス、マーケティング部で要職、同社日本法人糖尿病領域事業本部長や香港、オーストラリア、ニュージーランド法人社長を歴任後、2017年4月、現職に就任。

――積極的にダイバーシティを推進していますが、その方向性を教えてください。

綱場さん(以下、綱場) ノバルティス(スイス)では、2002年よりダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を推し進めてきました。性別や人種、経験、能力など、様々な違いを持つメンバーが協力しアイデアを出し合うことで、新しい発想が生まれ、革新的な医薬品を提供できるという考えのもと、世界中から多彩な人材を集め、多様性を受け入れる文化の醸成に重点を置いています。スイスは異文化の交差点ですから、その影響もあるのかもしれません。

 日本においても「D&I」を、会社の成長を生み出す経営戦略の重要課題として「働きがいのある会社」を目指しています。

――多様な人の「能力を最大化」することを重視していますね。

綱場 イノベーションを創出するには、多様な人材が組織にいるだけでは十分ではありません。「多様性を理解し受け入れること(=インクルージョン)によって、120%の能力を発揮できること」が不可欠だからです。

 昨年の記者会見で、私は「10年後には2つのI(イノベーションとインテグリティ=誠実)でNo.1カンパニーを目指す」と表明しました。そして次世代のリーダー候補28人と、2022年の当社のあるべき姿をまとめた「Destination 22」を策定し、企業風土改革を推し進めています。その中で、2つのIを実現するためには、2つのP(ペーシェントとピープル)が基盤になると考え、常に患者さん中心の活動を行い、また社員がいきいきと働き能力を発揮できるような企業文化の醸成を目指しています。

優秀な女性管理職が増えるきっかけとは

―─現時点で、D&Iの成果をどのようにとらえていますか。

綱場 様々な場面で手ごたえを感じています。例えば、本社で活躍していた女性管理職を、ある地域の営業部長にしたところ、他営業部と比べて圧倒的によい結果を出してくれました。部下へのきめ細かく柔軟なコミュニケーションが、うまくモチベーションを引き出していると聞きます。営業部においては女性管理職は多くはありませんが、彼女をロールモデルとして増えていくことを期待しています。

 また、D&Iを積極的に進めてきた男性営業部長は事業所で管理職へのD&I勉強会を企画し、部下がいきいきと活躍するには家族の理解が欠かせないと考え、社員ファミリーデー(オープンオフィスデー)を開催しました。その結果、彼の営業部では社員意識調査で会社へのエンゲージメントのスコアが上昇しただけでなく、新製品発売の際も高い実績を上げ、優秀な女性所長も輩出しました。現場のトップが、自らD&Iを力強く推進すれば結果も伴うという、証明になっていると感じます。 

 ただ、積極的なD&Iを阻む要因もあります。その最たるものが誰もが持つ「無意識の偏見」です。例えば、「女性だから家庭が優先」などの配慮が、多様な人材の育成を阻むことがあるのです。そこに気づくための研修にも注力していて、昨年は全管理職を含む1000人以上に、50回を超える研修を行いました。また、出産、子育てなどライフイベントが多い女性に対しては、男性と同じコミュニケーションでは適切にキャリアの志向を引き出すことは難しいと聞きます。そのため、女性を部下に持つ上司向けの育成面談ガイダンスを導入し、全国に展開しています。

――ノバルティス ファーマは、18年に日経WOMANが発表した「女性が活躍する会社ベスト100」で23位、製薬会社ではトップです。女性管理職比率が高いのも、そのような取り組みが奏功したと…。

綱場 人事、ファイナンスといった経営の中核となる部署の責任者をはじめ、女性の部長も多く、会社全体の女性管理職の割合は19%と高いと思います。その要因の一つには、ライフ・ワークインテグレーション(仕事と生活の相乗効果)を向上させる制度があると思います。例えば、テレワークや、コアタイムのないスーパーフレックスタイム制度、さらに19年1月から、事由に関わらず休める5日間の「パーソナルデー」を有給休暇にプラスすることにしました。

――ライフ・ワークインテグレーションを推進する意図は?

綱場 育児や介護、自己啓発、ボランティアへの参加といった私生活から仕事に役立つアイデアや人脈が培われ、付加価値の高い仕事となって職場に還元されることを期待しています。

――社長自身も育休を取られ、毎朝お子さんを保育園へ送るなど、かなりの「イクメン」だとか。

綱場 長男を保育園に送っていくだけではなく、熱を出したら病院に連れて行くのも普通にやりますよ。妻も働いていて忙しいですから。私は下の子が生まれるとき2週間の育休をとりました。そのことで社長として何かメッセージを伝えたいということではなく、我が家では必然でした。ただ、私が育休を取ったあと、昨年に比べて約3倍の男性社員が育休を取りました。自発的に育休を取る社員が増えてほしいので、その後押しになるとうれしいです。

――インクルーシブな風土はどうやってつくられるのですか?

綱場 社員と対面で触れ合う機会を大切にしています。昨年は、他の役員とともに「ミートアップ」と称した対話の場を設定し、1000人以上と話しました。

 また、本社では社員が固定席を持たないフリーアドレスを導入していますが、私自身も「UBOKU(ゆうぼく)」といって、社員と同じエリアで机を並べることもあります。フランクに多くの社員と話すことができ、普段耳に入らないようなことも聞こえてきて、参考になります。

――例えばどのようなことが?

綱場 ある障がいを持つ女性社員に「ヘルプマーク(※1)をもっと知ってほしい」と言われたことがありました。すぐにD&I室が動き、社内の啓発活動を行ったところ、東京都福祉保健局のHPでも紹介されました。それをFacebookで投稿したところ、3000人を超える「いいね」や100件以上のコメントがあり、異例の反響をいただきました。

 社員にとっても、自分の意見によって少しでも改善されれば、エンゲージメントも高まると思います。

※1 「ヘルプマーク」は、援助や配慮を必要としている人がそのことを周囲に知らせることができるマーク。