自分の人生を「物語る」ことの効果とは?

■人生をつながりのある物語として捉える

 本書を読んでいて思い出したのは、「ナラティブ」という言葉です。

 当連載でも以前に紹介したことがありますが、過去の体験や出来事を言葉でつなぎ直し、ひとつの“物語”として理解する方法を「ナラティブ」と呼びます。

 これは医療の現場にも導入され、その効果が実証されている考え方です。自分の人生をつながりのある物語として捉えることができれば、「どんな出来事にも意味があったのだ」と肯定的に眺められる──。これがナラティブの効能です。

 もちろん著者がそれを意識的に実践しているわけではありませんが、このマンガを読んでいると、「自分の人生を物語ること」の魅力や重要性を実感します。

■谷口式! エモーショナルな回想シーン

 山を登りながら谷口さん(=表紙にも載っているピンクのキャラクター)は、自分の感じたこと、考えたことをひたすら事細かに描いていきます。

 登山をナメてかかって怖い目に遭ったり、「装備を出版社の経費で買ってもらおう」という下心を告白したり、つらい登り道をRPGの妄想で乗り切ろうと試みたり、同行した男友達に甘えようとして無視されたり……。

(C) 谷口菜津子/リイド社
(C) 谷口菜津子/リイド社

 また、登山の前日に徹夜で麻雀したり、友達と昔話に花を咲かせたり、久しぶりに訪れた地元の街並みを見て感傷に浸ったり……。かと思えば、長く続いた不眠の苦しみを吐露したり、身近な人間に訪れた死の気配に打ちのめされたり、自分の無力さを知って途方に暮れたり……。

 このように、見た目はほのぼのした登山マンガですが、ここに生きる谷口さんはまるでジェットコースターのように乱高下していきます。まさに、人生山あり谷口……。そして、特にグッと来るのが、ヤマ場(物理的にも精神的にも)を乗り越えた後に訪れる回想シーンです。

 詳細はぜひ本書で確かめて欲しいところですが、過去の出来事や友人たちとの時間をエモーショナルに回想していくシーンは、やや不謹慎な言い方ですが、まるで小さな“走馬燈”体験のようです。著者の脳内が大きく回転し始め、記憶の欠片たちが一気に集合し、良かったことも悪かったこともすべてが一連の物語として再編成されていく……

 その迫力は圧巻そのもの。私はここに、ナラティブのような浄化作用を見ました。

■山登りは「語り」を誘発する装置

 桃山商事がやっている「失恋ホスト」の現場でも、しばしばこのようなシーンを目の当たりにします。

 基本的には2時間、相談者さんの話を桃山商事のメンバーでひたすら聞いているだけの活動なのですが、彼氏にまつわる悩み、過去の恋愛遍歴、どんな家庭環境で育ったか、仕事はどんなことをしているか、自分のどこが好きで、自分の何が嫌いか……などなど、とにかく思いついたまま語ってもらい、また我々も質問を差し挟みながら話を進めていきます。

 すると、ひと塊になっていた悩みごとが分解されたり、全然関係ないと思っていた記憶や出来事の間につながりが見えてきたりして、最後には一編の個人史にまとまっていくということがよく起こります。これもまたひとつのナラティブだと感じます。

 もちろん2時間という短期間で語り尽くせるものではないだろうし、これからも人生は続いていくので、その物語は限定的なものでしょう。しかし、こうして自分の人生を物語るという行為は、誰にとっても不可欠な作業ではないかと感じるわけです。それがあれば、恋愛のつらい記憶も、うまくいかなかった過去も、「あれはあれで意味のあったことなのだ」と、意味を捉え直して肯定することができるかもしれません。

(C) 谷口菜津子/リイド社
(C) 谷口菜津子/リイド社

 おそらく、山登りというのはそうした「語り」を誘発する装置なのではないでしょうか。そして、谷口さんのマンガにも同様の効果があるように感じます。ぜひ、本書を読んで山に行ってみてください。誰かに自分の人生を語りたくなるはずなので!

文/清田代表=桃山商事