『触楽入門』が教えてくれること

■全身でキャッチした情報を拾う

 そこで参考になるのが本書です。もちろんこれは恋愛の本ではないので、直接的なヒントが書かれているわけではありません。

 しかし、触覚や触感というものを改めて意識し、自分たちが全身で情報をキャッチしている存在であることを思い出すだけで、気持ちはかなり変わってくるのではないか。

 先のデータ量で言えば、皮膚感覚で得ている情報量は言葉(=テキストデータ)の比ではないでしょう。この、身体というセンサでキャッチした情報を拾えるようになることが、「言葉に囚われてしまう」という迷路から抜け出すためのヒントになるような気がしています。

 もちろんこれは、単に「相手の身体を触ろう!」という話ではありません。それも大事なことだとは思いますが、触覚は気配や空気といった見えない情報も感じ取っているはず。

 それゆえ、できるだけ相手と直接的に対峙した方がやり取りできる情報量もはるかに多く、より良い理解や判断が得られるようになるだろう──。それが本書から学んだことです。

■膨大な情報を処理するためには

 もっとも、皮膚感覚でキャッチする情報量は膨大なはずなので、処理には時間も労力もかかる上、意識すればすぐできるというものでもないでしょう。そのためには、普段からなるべく身体を使うとか、身体の声に耳を傾ける癖をつけるとか、そういった訓練が必要になってくるはずです。

 取り扱うデータ量が増えるため、それはそれで混乱をきたすことも増えるかもしれませんが、全身から取り込んだ情報の処理や統合がうまくなるということは、それだけ思考力や判断力が磨かれていくということです。

 おそらく、全身でキャッチした情報を無意識下で処理し、言語化よりももっと手前の段階で身体が下した判断のことを“勘”や“直感”と呼ぶのでしょう。

 これを逃さずに拾い上げ、上手に言語化できるようになったら……勘や直感は、かなり頼れる相棒となってくれるはずです。

■すべてが「自分事」になる

 そのためにも、普段から触覚や触感に親しむということはすごく大事なことだと感じます。それは何も特別なことではなく、単に意識して街を歩いてみるだけでもいいわけです。

〈実際に街を歩いてみると、自分の身体を使った体験は、やはり映像では代替ができないものだと実感しました。坂を登ったときの息の上がる感じ、石畳の少しよろけてしまう路面、狭い路地から吹いてくる生ぬるいが心地よい風。これらを、自分が身体を動かして能動的に発見してゆくことで、街が「自分事」に変化するのです〉

 街を歩き、いろんなものに触れ、その触感や、自分の中に生じた感覚を観察してみる。こういう作業をひたすら繰り返していくことが訓練になるとしたら……ちょっと楽しそうな気がしてきませんか?

 また本書には、著者たちが開発した「テクタイル・ツールキット」というものも紹介されています。これは「触感を記録して伝送する」という不思議な装置で、例えば一方のコップにビー玉を落とすと、同じ触感がもう一方のコップにそのまま伝わります。

 私も実際に体験してみましたが、「相手の感じている触感をリアルタイムで共有できる」という感覚は、思いのほか感動的でした。おそらく、相手の触感が「自分事」になったということなのだと思います(余談ですが、これはセックスなどにも通じる感覚のような気がします)。

 私たちは全身で情報をキャッチしている。そのことを改めて意識させてくれ、触覚・触感の世界へ楽しくナビゲートしてくれる『触楽入門』。これ、マジ、激烈にオススメです!

文/清田代表(桃山商事)

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