この本がなぜ恋愛と関係あるのか
■触覚の存在に気づかせてくれる本
さて、ここまで本書の事例を引用しながら、触覚や触感の不思議について紹介してきました。
触覚は鋭敏なセンサであり、私たちはそれを使って外界から様々な情報を取り入れている。さらに、心や思考は触覚に大きな影響を受けている──。よく考えれば当たり前のことかもしれませんが、これをまさに身体感覚で実感させてくれるのが本書の魅力です。
では、そんな本書がなぜ恋愛に役立つのか。テクタイルの取り組みなども紹介しながら、最後にこの部分について考えてみたいと思います。
■「言葉」は情報量が少なすぎる
桃山商事ではこれまで、1000人以上の恋バナに耳を傾けてきました。そんな中で思うのは、「人は恋愛のことになると、つい“言葉”に囚われすぎてしまう」ということです(この傾向は特に女性に顕著だと感じます)。
相手が言ったこと、LINEやメールでのやりとり、SNSの書き込み、ネットの恋愛コラム、友達との恋バナ……。私たちは恋愛にまつわる情報の多くを言葉で取り入れ、考え、アウトプットしています。
そのため、「このLINEってどういう意味?」「相手の態度が煮え切らないのはなぜ?」「友達はこう言ってたけど……」「ネットのコラムにはこう書いてあったのに……」などなど、言葉の意味や解釈をめぐる悩みごとが増えてしまうのも無理はありません。
一見すると、これは「情報量が多すぎて混乱している」ようにも思えます。実際、我々のもとを訪れる相談者さんの多くが「考えすぎてわからなくなってしまった」と言います。
しかし、実態はむしろ真逆ではないかと感じます。すなわち、言葉だけだと情報量が“少なすぎる”ゆえに混乱し、理解や納得、判断や決断ができずにいるのではないか──。そう思えてならないのです。
■頭と身体のちぐはぐさ
私たちが誰かとコミュニケーションを図るとき、ベースとなるのは間違いなく言葉です。相手や自分の言葉を材料にいろんなことを理解し、判断していくわけですが、言葉が運ぶことのできる情報量は、実は意外に少ない。
例えばパソコンでやり取りするファイルをイメージするとわかりやすいと思いますが、データ量はテキスト → 画像 → 音声 → 動画の順で重くなっていきますよね。コミュニケーションにおける情報量も、これと同じではないかと思うわけです。
著者はこのような状況を「心身分離」というフレーズで述べていますが、言葉に頼りすぎたコミュニケーションというのもまさにこれで、「言葉だけでは手がかりが少なすぎるのに、それに気づかず言葉に固執してしまう」という状態が迷いや苦しさの一因になっているのではないかと感じます。