「恋愛の台本」から脱却するための処方箋

■「台本」通りいくことへの不満

 以前失恋ホストに相談に来られたEさんは、彼氏が欲しくて合コンやお見合いパーティーに頻繁に通っているのに、これという相手に出会えないことに悩んでいました。出会いの場に出かけるときに、Eさんはゆるふわ系の女性らしい服装に身を包み、サラダは積極的に取り分けるといった男性好みの振る舞いをして、相手の話を「すごい!」と感心しながら聞きます。

 すると男性からしばしばデートに誘われます。でも実際に行ってみると、Eさんは全く気乗りがしません。

 彼女によると、
 「のこのこ近寄ってくる男性のことが信用できない」
 という気持ちがどうしても湧いてきてしまうそうです。

 この状況を台本に見立てるならば、「こうすれば男性が寄ってくる」という筋書きを書いて実際にその通りに動いてみるのだが、そんな単純な台本にのって寄ってくる男性のことは結局のところ醒めた目で見てしまう、ということでしょう。たとえ気の合う相手がいたとしても、会っているその時間に集中していなければ、その良さを見出すことはできないのではないかと思います。

 ややねじれているEさんの悩みも、前頁で紹介した悩みも、根っこにある問題は台本に頼ってしまうマインドだと感じます。

 台本に頼ると、目の前の相手をしっかり見ることができなくなります。これは、前述した台本至上主義のドキュメンタリーで起こることと似ていないでしょうか。

■コントロールできないことへの恐怖や不安

 恋愛において台本に頼りたくなるのは、未来が偶然に左右されてしまうことや、コントロールできない状況に対峙することへの恐怖心や不安があるからだと思います。

 また、友人と自分を比較して「みんな彼氏ができて結婚してうまくやっているのに、なんで私は全然だめなの?」と焦り、正解が欲しい気持ちが生まれるということもあるでしょう。Web上の恋愛コラムや女性誌の恋愛ハウツー特集は、多くがこのような不安や焦りを前提にして書かれています。(かくいう本コラムも恋愛コラムの一つなのですが……)。

 しかし恋愛に限らず、我々が生きている現実や人生は実際には偶然に左右されることがほとんどですし、自分でコントロールできることなんて自分の気持ちくらいのものです。それだって簡単なことではないと思います。

 どんなにロマンチックに見える恋愛も、初めから「うまくいく」とわかっていた訳でも、予め決めた台本に沿って進められた訳でもありません。事後的に語られるのを聞くと、まるで最初からそうなることが決まっていたかのように思えるのですが、それは結果から逆算して語られているからです。現実の恋愛とは順序が逆なのです。

■観察映画は現実の恋愛と似ている

 現実の恋愛が立ち上がり進行していくプロセスは、台本のある恋愛映画で起こることよりも、台本のない観察映画が作られていく過程の方がずっと似ていると思いますし、参考になることも多いはずです。だから本書は、「恋愛映画よりも恋愛に役立つ」と思うのです。

 これは別に、世の中すべて偶然だから流れに身を委ねよという、天命任せの発想を勧めているわけではありません。想田監督が製作にあたって、偶然に身を委ねるだけの受動的な姿勢で臨んでいないことは、前述した通りです。そしてその全てのベースにあるのは、目の前の相手や状況を虚心坦懐に観察するという、優れて能動的な行動です。

 観察映画ではテーマは後から発見されると先に書いたように、撮影しているときには想田監督本人にすら「どんな映画になるか」がわからないことも多いそうです。また、編集作業を行っている時の気持ちは、次のように綴られています。

映像をさわりながら意味が浮かび上がってくる感覚というのはおもしろいです。こういう作業は、やっている時は苦しいですけどね。見えてしまえば語れますけど、見えないから苦しいわけで。やっている時は本当に暗中模索で苦しいんです。
(『観察する男』p.196)

 先の見えない恋愛や人生に悩んでいる人が本書を読んだら、きっと勇気が湧いてくるはずです。

文/森田専務(桃山商事)

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『牡蠣工場』公式サイト:http://www.kaki-kouba.com

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