左右の違いはどこにあらわれるのか

■トラベル左翼とトラベル右翼

 真っ先に思い浮かんだのは、以前、タイ旅行のプランをめぐってケンカしたというカップルの話です。

 ケンカの原因は、パックやツアーでの旅を希望する彼女と、格安航空券で渡航し、現地を歩きながら宿を探したい彼氏とのすれ違いでした。彼女の「値段も宿の質も行き先も予め見えているから安心」という訴えを彼氏は退屈と捉える一方、「あてもなくぶらぶらした方が現地の生活が見えて楽しい」という彼の主張を、彼女はどこか不安視していました。そしてこの問題は、結果的に別れの一因となっていきます。

 なぜ旅行をめぐるすれ違いが別れにまでつながったのか。ここに左右の軸を適用すると、意外な景色が見えてきました。彼女が求めていたのは「安心感」です。ガイドブックにある名所をめぐり、質の保証されたホテルやレストランで時を過ごす。旅行の王道スタイルを望む彼女は、言うなれば“トラベル右翼”と呼べるかもしれません。

 一方の彼は、勘や偶然を頼りに、「行き当たりばったり」を楽しみながらその土地の風土や日常に触れることを望んだ。有名スポットなどにはさほど興味を示さなかったことからも、このスタイルは“トラベル左翼”と言えそうです。

 本人たちはこのケンカを「わがままだ」「面倒くさがりだ」「心配性すぎる」「つまらない」といった感情面でのぶつかり合いと認識していましたが、もしかするとこれは、政治意識や思想信条にもつながる重大なすれ違いだったのかもしれないという可能性が浮上してきました。

■結婚観をめぐる左右の食い違い

 個人的にも思い当たることが多々ありました。例えば私は、かつて結婚を意識した恋人と破局してしまった経験があるのですが、そのとき別れの要因になったのが、彼女の親族との話し合いでした。

 私はそこで、「結婚したらどうするの?」「私たちとしては専業主婦にして欲しい」と言われました。これに対し、自分だけの稼ぎでは到底難しいと思ったため、私は共働きを希望している旨を述べました。しかし、それが不安を抱かせたのか、彼女はそれから親族の猛反対を食らうようになり、ほどなくして我々は別れることになりました。

 当時の私はこの一件を「収入の問題」と捉えていました。文筆業という仕事は好きだけど、それでは彼女の親族が望む安定収入は得づらい。だったら就職するしか道はないか……と、なかば本気でそんなことを考えました。しかし、本書を読んで、もしかするとあれは“結婚左翼”と“結婚右翼”の違いだったのかもしれないと思えてきたのです。

 彼女や親族は、「夫が外で働き、妻が家庭を守る」という日本の伝統的な家族観を持っていました。いずれマイホームを買い、子どもを育てる……それが幸福な家族のあり方だと信じている右派の人々でした。一方の自分には、そういった家族イメージがかなり希薄です。これは両親が一緒に働く自営業の家庭に育った影響かもしれませんが、時期や状況によって男女の役割はコロコロ入れ替わるだろうし、その都度話し合いながら家庭を運営していけばいいと考えています。

 そう考えると、あのとき自分が抱いていたのは、収入面の心配もさることながら、「ここまでかけ離れた家族観をはたしてすり合わせられるのだろうか……」という不安や、もっと言うと「そういう家族作りを強要されるのは嫌だな」という抵抗感だったのかもしれません。

■価値観のズレと一致を繰り返すのが恋愛

 この他にも、左右の違いは様々な場面に立ち現れます。例えば、セックス。とある知り合いの夫婦は、「前戯 → 挿入 → オーガズム」でワンセットのセックスだと考える妻と、「その都度お互いが満足すれば何でもOK」と考える夫の間ですれ違いが起こったそうです。

 これも左右の食い違いと捉えることができそうです。妻はセックスに関して「こうあるべし」という考えが強く、夫が射精しなかったり、スキンシップのみで終わってしまった営みは「セックス」と認識されないのでしょう。また、勃起の度合いを「愛情のバロメーター」と捉えている節もあります。これは言わば“セックス右翼”的な考え方であり、妻だけが「セックスレス」と感じている可能性も少なくありません。

 また、例えば「人づきあい」に関する考え方にも左翼(=いろんな人と出会いたい)と右翼(=いつものメンバーと集いたい)があるだろうし、「ファッション」に対する態度にも左派(=自分なりのオシャレを楽しみたい)と右派(=良いとされている服を身につけたい)があるでしょう。

 誰かと恋愛をするとき、私たちはつい“恋愛だけ”をしていると思いがちですが、食事、買い物、旅行、デート、家事、セックス……などなど、実はいろんなシーンを共にしているわけです。そして、著者も〈その人の考え方やセンスを浮き彫りにしてしまうのが「消費」である〉と述べていますが、「時間」「お金」「労力」を何にどれだけ使うかは、その人の価値観をダイレクトに反映します

 こうして、様々な場面で価値観のズレや一致を繰り返しながらひとつの人間関係を構築していくのが恋愛の実態と言えそうです。