「ひとり出版社」の人生と働き方

■「小さい書房」安永則子さんの場合

 例えば本書の冒頭に登場する「小さい書房」の安永則子さんは、元民放テレビ局の報道記者。20代のときから毎日3~4時間睡眠で激務をこなしていたという彼女は、34歳のときに第一子を授かって以降、労働環境を一変させます。そして、勤務時間の短い部署への異動を経て、40歳でテレビ局を退職。一人で出版社を立ち上げたのは、たまたまネットで「ひとり出版社が増えている」という記事を見かけたことがきっかけだったとか。

 書籍の編集経験はなく、起業や経営に必要な知識はほとんど独学で習得。実績もブランド力もなく、原稿を依頼する作家さんには「ひたすら熱意を伝えるしかなかった」そうです。

 「小さい書房」は「大人でも読める絵本」というコンセプトで本作りをしていますが、それは自分の子育て用にたまたま手に取った絵本に感銘を受け、打ち立てたものだそうです。大手出版社が手を出さないニッチな分野を狙い、作家と密に関わりながら良質な本を作っていく。「小さいこと」の利点をしっかり見定め、貯金を運転資金に「5年後の黒字転換を目指す」という安永さんの言葉は、勇気と覚悟に満ちていました。

 彼女がこの働き方を選択したのは、仕事と子育てにおける「納得度」を最優先しているからだと言います。限られた時間やキャパシティの中で、その二つを納得した形で両立させたい──。その思いは、「小さい書房」の記念すべき第一作目『青のない国』(風木一人/作、長友啓典・松昭教/絵)に載せた「何が大切かは、自分で決める」という自作の帯コピーにも表れています。

『青のない国』
(著=風木一人、長友啓典、松昭教/小さい書房)
■「タバブックス」宮川真紀さんの場合

 もうひとつの例として紹介したいのが、「タバブックス」を運営する宮川真紀さんです。大手出版社を退職後に起業した宮川さんは、大学生と高校生の子をもつシングルマザー。リトルマガジン『仕事文脈』、書籍『はたらかないで、たらふく食べたい』(栗原康)、ウェブ連載「労働系女子マンガ論!」(トミヤマユキコ)など、「働くとはどういうことか」をテーマにした読み物が「タバブックス」の特徴です。

 宮川さんの章には「やってみたらひとりでできた、そこから世界が広がった」という言葉が見出しとして打ち出されていますが、このインタビューでおもしろかったのが、この「やってみたらできた」という点。

 前述の通り本作りは分業体制によって成り立っていますが、大手出版社で長年キャリアを積んできた宮川さんでさえ、未知のことが多かったそうです。売上スリップ(本に挟まっている短冊状の伝票)の作り方に始まり、会社の立ち上げ方、仕事場のセレクト、商品の発送業務、作家の発掘、新刊のプロモーション、冊子のデザイン、などなど、宮川さんはときに人の助けを借りながら独学で切り開いていきます。

〈二〇代の終わりくらいのときには、私自身も仕事や結婚をどうしようとか、転職したいとか、それなりに考えたことはありました。今思うと、どれを選んでいても、そんなに変わらなかった気がします。でも、そのくらいの年代には真剣に悩みますよね。これをとったら、こっちは諦めるか、みたいに思いがちですけれど、どっちを選んでも人生はそのあとも長いし、いくらでも別のことができる。(中略)チャレンジというほどのこともなくて、探していると便利なものがいろいろ見つかってくるんですよ〉

 宮川さんの姿はさながらRPGの主人公のようでもあり、その冒険に立ち会っているようなワクワク感がありました。

『仕事文脈 vol.7』
(編=仕事文脈編集部/タバブックス)