「男って動物は、自分に一番はじめに相談してほしいんですね。自分より先に誰かに相談すると、

 『おれは、聞いてないよ』

 と必ずいいます。もう、この時点でどんなにいい企画書でも終わりですね。『俺よりも先に見せた奴がいる』という嫉妬たるや、女の想像をはるかに超えます」

 この話は至るところでよく聞く。

 まずは俺に相談に来い。しかも美人だと余計にこの傾向が強くなるので、やりにくいったらありゃしない。

 「そこで私のような『松の廊下の番人』の出番です。

 秘書に、役員の時間や機嫌を聞いたりしてね。その日の機嫌によって説明する順番を変えたりします。このあたりの女子の連携はすごいですよ」

 企画書は、完ぺきなものをもっていってはいけない。

 90%まで仕上げたのだが、どうしてもわからないので相談したいという風情でもっていく。

 「『バカだなぁ、こうすればいいんだよ』と、その人の意見を拝聴して、『なるほどぉ。そうすればよかったんですね』と膝を打ちます。役員のそのアイデアを入れて完成。画竜点睛の目に墨を入れる作業をやって頂いた気分にさせるんです」

 このやりとりを、幾人かの役員とやっていく。

 絶対に誰かに先に相談したように見られないように、注意深く『松の廊下』を歩いて、企画書の根回しをしていくそうだ。

 「完成した企画書をみると、すべての人の意見が少しずつ盛り込まれています。
 役員は、自分の意見が入っているかどうかしか見ないですからね。その文言が確認できれば、ほぼ間違いなく承認の方向に動いてくれます」

 室山さんの話を聞いていると、『松の廊下』を飛び回る女忍者のように見える。

 動物にエサを与える飼育係に見えなくもない。

 嫉妬深く、独占欲の強い男の心理を巧みに利用した戦術に、多くの男たちがやられている。

 同じ男として情けない気持ちにもなるが、

 『俺は、聞いてないよ』

 と言い放ち、たったそれだけのことで企画書を止めようとする輩がいる限り、『松の廊下の番人」たちの活躍する場がなくなることはない。

 「自分の企画書が通したいと思ったら、正攻法だけではダメですね。相手の生態や心理を読んでいく。こうしたしたたかさを身につけると、女の仕事は強くなります」

 室山明美さんは、そう言って白い歯を見せた。

 確かにまず私のところに説明にきてほしいと思う魅惑的な顔立ちの女性だった。

今回のことば

「松の廊下 男の嫉妬に負けない
したたかさを」

相手の行動と心理を読み、したたかさを身につけると、女の仕事はもっと強くなる。

写真=tooru sasaki/PIXTA