苦戦を強いられたのはなぜ?

 関西以外の地域の視聴者にとって、千鳥は初めて見る芸人です。まずは「千鳥とはこういう芸人です」という自己紹介から入らなくてはいけないはずです。しかし、千鳥は芸歴も実績もあったため、自己紹介的なネタやギャグを披露する間もないまま、東京で戦うことを強いられてしまったのです。そのため、地盤が固まっていない状態で何かをやろうとしても、うまくいかずに上滑りしてしまうことが多かったのです。

 さらに、見た目だけでちょっと怖そうな感じがする、というのも本人たちに不利に働きました。どういう芸人なのか知られていない段階では、見る側は外見の第一印象を引きずってしまいます。いったん「怖そう」と思われてしまうと、それを挽回するのが難しくなってしまうのです。

 要するに、東京に出てきたばかりの頃の千鳥は「とっつきにくい」という致命的な欠点を抱えていました。共演者やスタッフも彼らをどう扱っていいか分からない時期が長かったので、視聴者には余計にとっつきにくく見えていたのです。でも、少しずつ、個々のキャラクターが認知されてくると、彼らの面白さが伝わるようになっていきました。

 千鳥の面白さの秘密は、独特の言語感覚にあります。岡山出身で大阪での活動が長かった二人は、岡山弁と関西弁が入り混じった独特の言葉を使っています。ツッコミ担当のノブさんの「~じゃ」という語尾や、ボケ担当の大悟さんの「ワシ」という一人称など、耳に残る言葉遣いが強烈な印象を残します。

 お笑いの中心地は「東京」と「大阪」であるため、表舞台で芸人が使うのは主に標準語と関西弁の二種類です。しかし、茨城出身のカミナリ、福岡出身の博多華丸・大吉など、方言を取り入れた漫才を演じる「第三勢力」も台頭しつつあります。岡山弁を売りにしている千鳥もその系統に属すると言えるでしょう。

 さらに、千鳥には方言を超えたところでも独特の言語感覚があり、それが見る人の心を揺さぶっているのです。ノブさんが使う「クセがすごい」というフレーズはお笑いファンの間でじわじわと広まっていき、ちょっとした流行語にもなりました。これはもともと、漫才の中で過度に特徴的なしゃべり方をする人を演じる大悟さんへのツッコミとして使われていた言葉です。

 「くせがある」「くせが強い」という言葉はもともとありますが、そこにあえて「すごい」という言葉を合わせたのがノブさんの独創的なところです。ノブさんのツッコミには自由奔放なボケに振り回される人ならではの哀愁が漂っていて、それがボケの面白さを倍増させています。

 千鳥は「M-1グランプリ」「THE MANZAI」でも何度も決勝に進んでいて、その実力は以前から業界内では認知されていました。数々の大物芸人も千鳥のことを絶賛しています。