町の人々が実現した自然保護

 知床は生態系と生物多様性という2つの評価基準を満たすことにより、世界遺産に登録された。だが、こうした生態系や生物多様性が保たれてきたのは、早くから保護活動が行われてきたからだ。

翼を広げると1.8mにもなるシマフクロウは世界最大級のフクロウ。アイヌの人々はカムイ(神)として大切に扱ってきた。[写真:photolibrary]
翼を広げると1.8mにもなるシマフクロウは世界最大級のフクロウ。アイヌの人々はカムイ(神)として大切に扱ってきた。[写真:photolibrary]

 知床は1964年に国立公園に制定されている。当時、国立公園は観光の振興という観点から制定されるのが一般的だったが、知床は「原始的な風景の保護」のために制定された。これは、全国の国立公園の中でも例外的だといわれている。

 ところが1970年代、「日本列島改造論」のもとで日本中に開発ブームが起こり、知床にも乱開発の危機が押し寄せた。そこで立ち上がったのが、町の人々である。1977年に斜里町を主体に始まった「しれとこ100平方メートル運動」は、開発用の土地を募金で買い取る試み。「しれとこで夢を買いませんか」を合言葉に、100平方m8000円を1口として、全国から支援を募ったのである。

知床ではヒグマは"出る"のではなく、日常的に"いる"。そう頭に叩き込むことが、この地を訪れる者のマナーだ。[写真:知床斜里町観光協会]
知床ではヒグマは"出る"のではなく、日常的に"いる"。そう頭に叩き込むことが、この地を訪れる者のマナーだ。[写真:知床斜里町観光協会]

 この活動により、20年間で5億円以上の寄付が集まり、土地の買い取りが完了。そして買い取った土地では植樹など、原生の森を再生するための取り組みが行われている。

 自然保護活動のひとつに、英国発祥の「ナショナル・トラスト活動」がある。これは、国民自身の手で自然環境を寄付や買い取りなどで入手し、守っていく活動だ。「しれとこ100平方メートル運動」は、日本におけるナショナル・トラスト運動の先駆けとして、全国の手本となったのだった。

知床五湖は知床でもっとも有名な観光地であると同時に、ヒグマの密集地でもある。遊歩道は、動物との共存を図るための工夫だ。[写真:知床財団]
知床五湖は知床でもっとも有名な観光地であると同時に、ヒグマの密集地でもある。遊歩道は、動物との共存を図るための工夫だ。[写真:知床財団]

 知床が動植物の楽園として世界遺産の登録された背景には、自らの手で自然を守ろうとした先人たちの努力があったのである。

(2015.11.05 JAGZYより転載)