「それぞれの夫婦の妊娠率」は、「クリニックの妊娠率」とは無関係

 不妊原因は夫婦ごとに大きく異なります。多くのクリニックは妊娠率が高いことを掲げていますが、多くの場合、複数の不妊原因が複雑に絡み合っており、例えば奥様の治療がいかにうまくいっても、ご主人側(精子側)が低空飛行のままでは妊娠率は改善しません。逆のケースでも同様です。

 クリニックがホームページ等で「高い妊娠率」を誇っても、冷静に考えれば、ご自分達の不妊原因の軽重に基づいて妊娠率は0%から100%に分布します。重要なのは「ご自分達の妊娠率」であり、「クリニックの妊娠率」は無関係なのです。

 産婦人科医師になって約30年間、私のポリシーは、「妊娠率を追求するあまり、治療の安全性を犠牲にしてはならない」ということです。これまで繰り返し申し上げてまいりましたように、医療行為には必ずリスクを伴います。

 これまで顕微授精について、卵子に針を刺すことが出生児にどのような影響を与えるかについて論議されてきました。その一方で、ARTは歴史が浅いため、精子の質的(機能)異常が出生児にどのような影響を及ぼすか不明な点が多いのも事実です。

 私は精子の研究者として、穿刺注入する精子の選別基準が曖昧であることに不安を覚えます。生まれてくる子ども達の健常性の向上のためには、医療介入を最小限として、できるだけ自然の妊娠に近づける努力が重要であり、やむを得ない場合以外は顕微授精をできるだけ避けるほうがよいでしょう。

 私の実践する「黒田メソッド」は、顕微授精を回避する具体策として人工卵管法(卵管型微小環境体外受精)という新しい方法を確立しました。まず初めにDNA損傷のない運動精子を無菌的に選別(精子選別の高度化)して、さらにごく少数の選別精子で体外受精を可能とさせる方法です。この技術の組み合わせにより、卵管を模した細い流路を精子が自力で泳ぎ、卵子にたどり着いた最初の一匹が卵子と結合(受精)します。

 私のクリニックでは、顕微授精を何回も試みても妊娠に成功しなかったご夫婦にこの人工卵管法を施行しました。その結果、選別後の精子数が極めて少なく、これまででしたら顕微授精の対象となった多くのご夫婦が受精、妊娠、出産に至りました。