女性の活躍推進が活発になっている今、女性特有の健康リスクへの対策が急務であると専門家は分析する。健康面に対する配慮が置き去りにされたままでは、婦人科疾患を抱えて働く女性の年間の医療費支出と生産性損失は増大するという調査結果もある。

婦人科疾患を抱えながら働き続けると――全体で6兆円超の損失

 政府は女性の活躍推進を成長戦略の一つとして掲げており、女性活躍推進法が2016年4月から施行されるなど、社会全体で女性の活躍を推進する機運が高まっている。

 一方で専門家によれば、女性が働き続ける環境の整備という点で、健康面に対する配慮は置き去りにされているのではないかという問題提起がなされている。

 女性も男性同様、労働安全衛生法で労働者として守られていることになっているが、そもそも男性とはホルモンバランスの変化や体の仕組みが異なり、年齢に応じて女性特有のリスクが発生する。また当事者である女性自身も、自分の体を守ることに対して十分な知識をもって仕事に取り組んでいるのか、疑問が残る。

 そこで社会全体の生産性という観点から、日本医療政策機構は、東京大学大学院薬学系研究科・五十嵐中特任准教授らと調査を実施。女性の健康増進が社会にもたらす影響について、社会経済的側面から検証した。(『働く女性の健康増進に関する調査結果発表』、日本医療政策機構)。

調査概要
・実施日:2015年11月
・対象者:20代~60代の正規雇用の女性2091名(平均年齢42.1歳)
 (内訳)乳がん、子宮頸がん、子宮内膜症のいずれか一つの婦人科疾患をもつ596名、いずれの疾患もない女性1495名
・質問方法:QOL(生活の質)、生産性損失、月経随伴症状の程度については質問票、社会経済状況については世帯収入および1カ月の医療費自己負担額・割合を質問
 (使用した質問票)
 QOL:「EQ-5D-5L」
 生産性損失:「WPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire)」
 月経随伴症状の程度:「MDQ(Menstrual Distress Questionnaire)修正版」

 その結果、子宮頸がんや乳がん、子宮内膜症など、婦人科疾患をもつ女性(既往あり)は、いずれにも罹ったことがない女性(既往なし)に比べて、QOL(生活の質)や労働の生産性が低下することが分かった。

婦人科疾患別のQOLスコア
婦人科疾患別のQOLスコア

 また、子宮頸がんや乳がん、子宮内膜症などの代表的な婦人科系疾患を抱えて働く女性の損失額についても試算。年間の医療費支出と生産性損失の合計は、少なくとも6.37兆円にのぼる。試算は下記の通り。

試算内容
●婦人科系疾患罹患者の医療費総額
(1)×(2)×(3)=1.42兆円
●生産性損失の総額
(1)×(2)×(4)×(5)=4.95兆円
●医療費と生産性の損失額の合計 6.37兆円

(1)女性の従業人口:2474万人(平成27年11月労働力調査より、64歳以下の就業者人口を抽出)
(2)婦人科系疾患有病率:17.1%(Noharaらの調査 Industrial Health 2011を参照)
(3)年間医療費支出:約33.5万円(調査結果より算出)
(4)女性の平均賃金:364.12万円(平成26年賃金行動基本統計調査結果より算出)
(5)婦人科系疾患を有する者の平均の総労働損失(%):32.1%(調査結果より)

 程度の差はあれ、月経前や月経中に体調がすぐれないということを、多くの女性が経験しているだろう。同調査では婦人科系疾患と、こうした月経随伴症状との関係も調査。婦人科系疾患をもつ女性は、頭や腰が痛い、頭の中が混乱する、気分が動揺するなどの月経随伴症状を強く感じる人が多いことが分かった。

 婦人科系疾患や月経随伴症状に起因する生産性損失という観点では、二つの側面があるという。一つは、だるくて仕事を休んだ、慢性の病気で仕事を辞めたなど「休業による損失」。もう一つは、頑張って仕事に出てきたが、仕事がはかどらない。普段1時間かかる仕事に3時間もかかったなど、「就業中の効率低下に伴う損失」。

 「これは、生産性が落ちるから休むなという話ではありません。例えば生理が辛くて生理休暇を取れば、社会全体では生産性損失が発生する。でも、取らずに無理をおして出勤したとしても、実際はそれが負担になっています。実は、休暇の日数ではとらえきれない、『仕事がはかどらない』損失は非常に大きいのです。女性の労働を考えるとき、こうした観点なしには生産性損失を正しく捉えられないでしょう」(東京大学・五十嵐中さん)。