「My Dear Sir」
次の世紀を生きる人への手紙は、この3つの言葉から始まった。
1933年から20年にわたり、ハーバード大学の学長を務めたコナント氏が、21世紀にハーバードの学長を務める者へメッセージを残していた。その手紙には、不安定な社会・政治情勢への危機感や、ハーバードの世界での役割についてつづられていた。
しかし、怒涛(どとう)の時代にハーバードのトップを務めたコナント学長さえも、予想できなかったことがある。「My Dear Sir」―。「Sir」は男性への敬称だ。彼が書いた手紙を読んだ21世紀のハーバードの学長は、女性だったのだ。2007年に、ドリュー・ファウスト氏はハーバード初の女性の学長として就任した。
そんなハーバードでの2年間の大学院生活を終え、私は先月ケネディ・スクールを卒業した。世界100カ国から集まる同級生や名だたる教授陣と会話を重ね、一生続くであろう、かけがえのない人間関係を築くことができた。そして何より、人生の考え方が大きく変わった。
「他人にどう思われるかを気にする自分」を認めたくない
2年前、ハーバードに到着した自分は、とにかく他人にどう思われるかが気になっていた。しかも、これは今になって言えることで、当時は気になっていることすら、認めたくなかった。
会社を辞めて留学する決断を本当はみんなどう思っているのか。卒業後、すごいことをしていないと、意味のない留学だったと思われるのか。「世界に羽ばたいている」と周りから言われる割には、自分の凝り固まった価値観や考えに縛られていた。
けれど、50年以上も前に書かれた手紙が、女性の学長誕生を予想できなかったように、あるときの「普遍」は、あっという間に「過去」となる。さらに、多様な国や職業の友人と過ごす中で、私は自分の育った社会で築かれてきた価値観から、少しずつ解放されるようになっていた。
ある場所で「よし」と評価されているものでも、他の場所では全く異なる見方がされることを痛感したからだ。