「仕事が減ったのは子どもとはあまり関係がなく、世代交代なのだと思っています。この3、4年で急に減ったからです。私は何かの分野で一番になったりするタイプではありません。例えば、出版だけではなく映像の分野でもデザインの仕事をやってみるとか、自分なりに枠を広げていくほうが向いています。そうやって自分を成長させていきたい。子育てをしていると、自分が勝手に成長していくことも実感できています」

 自営業にアップダウンはつきものです。僕の場合は30歳を過ぎた頃に仕事量が3分の1ぐらいになる経験をしました。あの3年間は精神的にも経済的にもかなり苦しくて、すごく落ち込んでいたことを覚えています。佳恵さんはなぜこんなに明るいのでしょうか。

 「私も1年前ぐらいまではウジウジしていましたよ。先のことを考えると不安しかないから。夜、子どもが寝た後に一人でどうしようもなく泣いてしまうこともありました。今ではもう悩み尽くしたのだと思います。あるときに『先のことは考えても考えなくても同じ。ストレスをためて病気になる確率を上げるべきじゃない』と吹っ切れました。貯金もゼロではないし、1年間でこれぐらいの収入があれば親子3人は暮らしていけるというざっくりした見通しはあります。他のことは細かく計算しなくていい。小さなことを心配しても心がキュウキュウに狭くなるだけだから。仕事がないときは休めばいいんです。せっかく時間の余裕があっても気持ちに焦りがあったら新しいものを吸収できなくなります。もったいないですよね」

 佳恵さんはグラフィックデザイナーという職業にもこだわってはいません。「自分のデザインで稼いで生活する。書籍もしくは雑誌を一冊丸ごとデザインする」という夢もずいぶん前に成就しています。デザインの仕事がゼロになったら、その時点で考えて新しいことを始めればいいと割り切っているのです。

 「私は食が好きなので、食を通じて親がいない子どもたちを支援するような活動をしたいというぼんやりとした夢はあります。でも、自分たちの生活で精一杯の今の私にはおこがましい夢です。先のことは考えないようにしたら、すごく楽になりました。今日一日を家族が健康に活動できて眠れることは幸せだと感じています」

 その一日が終わるとき、母親やデザイナーという立場を忘れて、一人の女性として向き合って言葉を交わせる大人の男性が今では傍らにいるのです。いろいろあった過去でもなく、何が起こるかわからない将来でもなく、今このときをパートナーと一緒に過ごせる喜びと安心を佳恵さんはかみしめています。