腹を据えてデザイン事務所で働いていた頃、先輩のデザイナーであるタツヤさん(仮名)に出会ったのです。タツヤさんは佳恵さんより6歳年上で、東京生まれの東京育ち。イケメンの遊び人です。

 「第一印象は感じ悪かったですよ。でも、田舎者の私に東京のルールや遊び場所をいろいろ教えてくれました。22歳の私にとって彼は東京そのもの。生まれたばかりのヒヨコのように付いて行きました。ミステリアスなところにも惹かれましたね。この人はどうしてこんなに悲しい目をしているんだろう、と気になり続けました。私は母性本能が強すぎるんです」

 ヒヨコでありながら母鳥でもあった佳恵さん。タツヤさんに夢中だったのです。もちろん、目移りなどはしません。

 そんな佳恵さんの一本気な愛情を察したのでしょうか。自他ともに認める遊び人のタツヤさんは「お前と一緒にいると落ち着きたくなるけれど、オレはまだ落ち着きたくない」と言い残して去って行きました。

 とはいえ、二人は同じ業界の同じ職種で働いているので、顔を合わせる機会は少なくありません。佳恵さんにも新しい恋人ができましたが、心の片隅には必ずタツヤさんがいたのです。

 「私が29歳になったときにお互い一人だったら結婚しようね、なんて言い交したこともあります」

 そして、佳恵さんが29歳の冬に本当に寄りを戻すことになったのです。きっかけはタツヤさんの病気でした。ちょっと昔のドラマみたいな展開ですね……。 「久しぶりに電話が来たと思ったら、高熱を出して動けないので薬を持って来てほしい、とのこと。持って行ったら『帰らないで』なんて言われましたが、彼女と鉢合わせしたら困るのでもちろん帰りました。するとまた電話がかかって来て、『いま付き合っている彼女はまともなメシを作れない。まともなメシが食べたい』と言うのです。仕方ないから食事を持って行きました」

 佳恵さん、本当に母性本能が強いですね。惚れた弱み、なのかもしれません。タツヤさんのほうは女性からの好意を察知して利用するのが異常なほど上手ですね。普通、高熱ぐらいの理由でずいぶん前に別れた女性を部屋に呼ぶなんてことは思いつきません。恋人がいる身なのに……。天性の「女たらし」なのでしょう。

 手料理をきっかけにして再び恋人関係に戻り、同棲を始めた二人。翌年には佳恵さんの妊娠がわかりました。タツヤさんはどんな反応をしたのでしょうか。続きはまた明日。