落ちこんでいるときに元気がもらえたり、新しい視点が得られたり……ときには、人生が変わるほどの大きな力を持つ「本」。広告代理店のクリエイティブプロデューサーとして数多くの「人の心を動かす言葉」を生み出してきたひきたよしあきさんによる『あなたを変える「魔法の本棚」』連載では、読むたびに自分の個性や知性が磨かれ、人生が前向きに変わっていくことを実感できる“特別な一冊”を厳選して紹介していきます。

◆今回のことば

「この人、変身するならゴリラだなぁ」

――「山月記」より

「山月記」(中島敦 角川文庫)
「山月記」(中島敦 角川文庫)

 高校時代、インケンな化学の先生がいました。

 今から思えば、こちらが化学をちっとも勉強しないのが悪かったのだけれど、「こんなのもできないのか」「だからお前はダメなんだ」という上から目線の口調に耐えることができず、文系進学の仲間と集まり「インケン」というあだ名をつけていたのです。

 その頃、現代国語で中島敦の「山月記」を習っていました。

 李徴という意固地でプライドの高い官吏が、「俺は身分の低い役人で終わってたまるか」と言って仕事を捨てて詩歌の世界に入る。しかしなかなか芽がでず、生活が困窮して再び官吏の世界に戻ってくる。すると当時は鈍くさい奴だと思っていた連中が皆出世していて、自分はその下の身分になってしまう。彼は発狂する。人への恨みつらみが過ぎた李徴は、やがて人食い虎になってしまうというお話です。

 どこまで暇だったのか。当時文芸部に所属していた私はこの「山月記」になぞらえてパロディを書きました。

 とあるプライドの高い化学の教師が、生徒にインケンな態度をとり続けた結果、恨みをかって「カバ」になる物語。その先生の横顔が、どことなく「カバ」に似ていたのです。

 徹夜で書きました。授業中も書いていました。仲間に回すと「バカ受け」でした。「原作を超えた」と言ってくれた友だちもいました。化学の先生には大変失礼なことをしましたが、実は私は「山月記」のパロディを書くことで物語の面白さを知り、文章を人に読んでもらう楽しさを覚えたのです。I先生、ほんとにごめんなさい。今、私が文章を生業にして暮らせるのは先生のおかげです。

(C)PIXTA
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