娘として母から受けたネガティブな体験は、自分が“育てる”立場になってこそ昇華し癒しきることができる――筆者・麻生マリ子さん(母娘問題研究家)は、プロフィギュアスケーターの鈴木明子さんと、今シーズンのグランプリ(GP)シリーズ第3戦・中国杯で浅田選手に迫る2位という活躍を見せたフィギュアスケートの本郷理華選手との関係に、その真理を見たといいます。厳しい母と摂食障害を機に対峙。病を乗り越え母娘関係を一変させることができたという前編に続き、後輩の育成というかたちで“育てる”立場となった鈴木明子さんのいま、そして未来を対談でお届けします。

■摂食障害を通して母の弱さや人間らしさを知り、母娘関係が一変

 娘が摂食障害を患ったことで苦悩する姿は、鈴木明子さんにとってはじめて目にした母の弱い一面であった。奇しくも自らの病によって、母の弱さを含めた人間らしい面を知ることになったのだ。

 以来、母娘の関係は一変した。母は娘になにも押しつけず、求めなくなったという。

鈴木明子
【プロフィール】
鈴木明子(すずき・あきこ)
愛知県出身、元フィギュアスケート選手。現在、プロフィギュアスケーター、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員。2010年バンクーバー五輪8位、2011年グランプリファイナル2位、2012年世界選手権3位、2013年全日本選手権優勝、2014年ソチ五輪8位など、輝かしい実績を残す。引退後、アイスショーへの出演、後進の振り付けや指導、講演活動などを精力的に行っている。著書に『笑顔が未来をつくる 私のスケート人生』(岩波書店)、『ひとつひとつ。少しずつ。』(KADOKAWA/中経出版)、『壁はきっと越えられる ―夢をかなえる晩成力』(プレジデント社)
オフィシャルブログ:http://ameblo.jp/suzuki-akko/
Twitter:https://twitter.com/mariakko2010/

 いまでは母が娘を相手に軽い愚痴をこぼすなんてことも。以前ではまったく考えられなかったことだ。強さを脱ぎ捨て、ようやく人間味溢れる自然な母の姿を見せてくれた。

 スケートで輝いて当たり前、健康で当り前、生きていることが当たり前。当たり前と思ってきたことが根本から挫かれたことで、母も大きく変わったそうだ。

 いまでも地元に帰れば、まずは母の店に足を運ぶ。

 外では常に“プロフィギュアスケーター・鈴木明子”のスイッチをオンにしていなければならない。母のそばだけが、鎧を脱ぎ背負っている荷物をすべて下ろして、何者でもない素の自分に返ることのできる場所。母にだけ見せられる顔がある。ソチオリンピックの前に競技のプレッシャーから眠れない日が続いたときも、唯一不安を打ち明けた相手は母だった。

 疲弊した私。弱音を吐く私。「疲れた。もう嫌だ」を娘は10回は繰り返す。母は「そうだね、疲れたね」と返す。ただそれだけのやりとり。母は叱咤激励するでもなく、ありのままの明子さんの弱音や愚痴、本音に耳を傾ける。そうするうちに、また頑張ろうと気力が漲るのだという。

 いまの母との関係について、迷いなく「すごくいい関係です。母の娘でよかったですし、いっしょに乗り越えてきたからこそいまがある。本当によかった」とはじけるような明るい笑みを見せる。

 そこに、かつていたはずの怯えた少女の影はない。

(次ページから:後になって気づいた、母のすごさとは。)