プ・ジヨン
1971年生まれ。韓国フィルムアカデミーを卒業後、2003年の第25回「ぴあフィルムフェスティバル」で上映された作品「透明でしょっぱい液体」など、短編映画を発表。ホン・サンス監督作「秘花 ~スジョンの愛」の演出チームや、イ・ジェヨン監督作「スキャンダル」でスクリプター(記録)を担当した後、韓国映画振興委員会の支援により「今、このままがいい」で長編映画監督デビュー。本作は、釜山国際映画祭、ソウル国際女性映画祭、東京国際女性映画祭などで好評を博し、「09年女性映画人祭 監督賞・シナリオ賞」を獲得。オムニバス映画「視線の向こうに」の1篇「ニマ」や、ドキュメンタリー作品などでも、一貫して女性を主人公にした作品を発表している。

――「明日へ」を拝見し、心に深く突き刺さってくるところが多い映画だと感じました。非正規雇用の問題は日本でも深刻ですが、監督はどのようなお気持ちでこの映画を演出されたのでしょうか?

 「労働問題や非正規雇用の問題に何か大きな一石を投じるというような、そういった仰々しい意図があったというわけではありません。この映画に登場する人たちの戦いはとても熾烈で、世の中に影響を与えましたし、私は彼女たちの戦う姿をとても美しいと思ったんです。なので、彼女たちの物語を映画にして、より多くの人に知ってほしいという思いで作りました」

――非正規雇用の問題を、どのように考えていらっしゃいますか?

 「全ての国において、非正規雇用という言葉が同じニュアンスで使われるかどうかは分からないのですが、韓国における非正規雇用は、解雇をたやすくできる雇用形態という意味と同じです。非正規雇用の場合、常に不安を抱えていなければならず、長く働いていても、いつ解雇されるか分からない状態です。中産階級以下の庶民層の人たちは、いつも食べて生きていくということに不安を抱えて、心配しながら働いている状態なので、非常に非人間的な雇用形態だと思います」

――「明日へ」では、ごく普通の女性たちが立ち上がり、不当解雇の撤回を求めてストライキや、地道な活動を始めますが、会社側の対応がひどく、ごろつきのような者たちを雇って彼女たちを襲撃させたり、警察もいきなり暴力的だったり、とてもショックを受けました。実際も、女性たちはあんなにひどい目に遭ったのでしょうか?

 「はい、実際にあったことです。こういったことはよくあり、問題が指摘されるようになってからは、以前よりは暴力行為が少なくなってはいますが、依然としてなくなってはいません。この映画を見た当事者の方々からは『表現が弱い』と言われたくらいです」

――髪の毛を引っ張られるなどの暴力に驚いたのですが、実際はもっとひどかったのですね。

 「実際はもっと激しかったと言われました。映画では、それほど生々しく残酷な描写にはしなかったけれど、血を流した人もいたそうです」

映画より実際の方が激しかったという警察の突入。
映画より実際の方が激しかったという警察の突入。

――ほかに、当事者の方々の映画を見た反応は?

 「暴力表現のレベルについては弱いという意見もありましたが、映画そのものについては、みなさん、とても満足してくださいました。この映画の目指すところは、彼女たちが現状を乗り越えて連帯していくこと、そして見た人が彼女たちの闘争を応援したくなる気持ちになることだったので、そういった映画になっていたことに、みなさん喜んでくださったんです」

――本作は難しいテーマを扱っていますが、商業映画として楽しく見ることができる作品であることも目指したとお聞きしました。それには、どのような苦労がありましたか?

 「映画を作ることは、たとえ実話を基にしていても、ある程度フィクションを作ることになります。それは、とても面白い経験です。1つのものを作り上げていくクリエイティブな作業というのは、苦労もあるけれど、とても楽しいです。今回は、実際の事件にかかわった当事者の方たちを満足させることが重要でしたし、それと同時に、映画としての面白さを保つことも重要なポイントでした。だからこそ、脚色に1年以上かけ、何度も修正作業をしながら、キャラクターにリアリティーを与えるようにしました。母と息子の葛藤を描くことによって、より共感が得られる内容になったと思います。本作は労働問題を題材にしていますが、家族映画であり、登場人物の成長を描いたヒューマン・ストーリーとして作り上げたいという思いがありました」

――主人公のソニをはじめ、キャラクターの描写がとても面白かったです。本作を見て、女性たちが団結する姿に心を動かされました。日本は職場の同僚であっても、あくまで他人という感じで、この映画のように、家族のような関係にはなれない気がします。韓国では、実際にも同僚同士が家族のような関係になることはあるのでしょうか?

 「私が企業で働いたのはずいぶん昔のことで、90年代半ばから後半なんです。なので、今はどういう状況か分からないけれど、同僚同士が家族のような関係になれるかは、やっぱり人によると思いますね。韓国社会全般とは言えないですが、家族的な雰囲気を作り出す人はいると思います。この映画に登場したケースの場合、ストライキに入る前は、隣のレジで働いている人の名前も知らないまま過ごしていたそうなのですが、ストライキを共にするうちに絆が生まれたそうです。絆が生まれたからこそ、500日以上にわたる闘争が可能になったんだと思います。韓国人は感情的にダイナミックなところがあるので、他人が家族のような関係になることも可能なんじゃないかという気がします」

――監督は、女性を主人公にした映画を撮り続けていらっしゃいますが、作品にどのような気持ちを込めていらっしゃるのでしょうか?

 「女性について語りたい、女性の置かれた状況を語っていきたい、そういう欲求があるんです。世の中には、男性監督の方が圧倒的に多いので、男性の物語ばかりがあふれていますよね。それがスタンダードのようになっていますが、それと同じくらい女性のストーリーもあるはずです。だからと言って、女性のストーリーが作られた時、それが特別に見えてしまう状況は、あまり良くないと私は思います。世の中には素晴らしい女優さんたちがたくさんいますし、彼女たちがもっと活躍できるような、カッコいい演技を披露できるような映画を作っていきたいです」

――今後、撮りたいのはどんな作品ですか?

 「女性が重要な役割を果たす映画を撮りたいです。具体的な内容はまだ決まっていませんが、例えば家族映画で、女性が連帯していくような映画。私が実現できないとしても、そういう映画を見てみたいという思いがあります」

――ありがとうございます。では最後に、日経ウーマンオンラインの読者に、「明日へ」からどんなことを感じてほしいか、メッセージをお願いします。

 「韓国では、20代・30代の女性たちには、『明日へ』をあまり見てもらえなかったんです。というのも、やはりその年代の女性たちは憂鬱な思いを抱えていて、映画で現実的な状況を見たくないという先入観を持ってしまったようなのです。でも、実際に見た人たち、特に女性の観客はカタルシスを感じたと言ってくれています。自分がつらい状況に置かれた時に、1人でくよくよ悩むよりも、横に誰かがいてくれたり、同じ状況に置かれた人たちと話したりするうちに、何かを成し遂げることができるんだという希望を届ける映画を作れたと思っています。働いている女性たちには、ぜひこの映画を見てほしいです。30代はキャリアのために、とてももがいている時期ですよね。この映画を通じて、誰かとつらい経験を分かち合ったり、共感したりすることで、意外と抱えている問題が解決することもあると感じていただけたらうれしいです」

インタビュー写真/小林秀銀