世の中に伝えたいことが映画になった

 2008年には監督デビュー作となる映画「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」を公開しました。ハーバート・ヴォーゲルとドロシー・ヴォーゲルという現代美術のコレクターであるご夫妻のドキュメンタリーです。

 そもそも映画を撮ろうとは全く思ってなかったんです。ヴォーゲル夫妻は、郵便局員と図書館司書で、経済的には全く豊かではないんだけど、情熱と好奇心で世界有数の現代美術のコレクションをつくってしまった人たちです。

 ニューヨークという大都会に住みながら、彼らは人間関係をとても大切にした人たちで、アーティストたちと育む友情が素晴らしい。コレクションにあるのは世界的巨匠たちの作品なんだけど、若くて無名でお金がないときに助けてもらったという恩があるから、有名になってからもアーティストたちは二人に作品を売る際の値段はすごく安くしてあげる。クリスト夫妻(※編集部注:建物などを「梱包」する作品で知られるアーティスト)は留守中、愛猫を預かってもらう代わりに、美しい作品を彼らに贈呈した。おとぎ話のような実話があるんだなと思って、感動したんです。彼らのコレクションも素晴らしいけれど、二人の生き方、夫婦愛、友情に感動しました。

「ヴォーゲル夫妻の生き方に感動しました」
「ヴォーゲル夫妻の生き方に感動しました」

 最初は、映画にしようとは思わなくて、テレビ番組なのか、雑誌の記事なのか分からないけど、とにかく世の中の人に「こんなすごい人がいるんだよ」って伝えたいと思いました。二人の話を聞いたとき受けたほどの感動は、それまでの人生で味わったことがなかったから。後でだんだん分かってきたんですが、ドキュメンタリー映画を作るという作業は、自分の心を動かしたのは何だったのかを探しに出る旅なんです。なぜ、感動したんだろう、なぜ自分の心は動かされたのだろうって、感動の原点を探す。

 「ハーブ&ドロシー」では二人の話を聞いて、人間の生き方の根本みたいなもの、人の幸せって何だろうということをすごく考えさせられました。郵便局員って、アメリカでは社会的地位が低いんです。そうした仕事をしながら、それはすばらしく豊かな人生を歩んだ。人生を本当に豊かにしてくれるものは、社会的地位とか、財産ではないということを彼らからすごく教えられました。

 ドキュメンタリー映画の制作が、自分の心を動かしたものは何かを探す旅だという意味では、捕鯨問題を扱った映画「おクジラさま ふたつの正義の物語」も同じです。この場合は、「感動」ではなく「衝撃」だったんですけど。

 捕鯨問題は、「ハーブ&ドロシー」を撮る前から気になっていたテーマです。どうしてかというと、ニューヨークはどんな問題でも賛否両論がある町なのに、捕鯨問題になると、100%反捕鯨なんです。日本は南氷洋で調査捕鯨をやっているという批判的なニュースが流れて、「なんで日本はクジラを捕るんだ」と、この問題だけは反対意見一色になる。ずっとおかしいなと、なぜなんだろうと思っていました。

 「日本がまたやっている」という映像がどこから来るかというと、私が問題意識を持った当時は主にグリーンピースが提供していたんです。グリーンピースは環境保護団体といわれるけど、実際は「メディア」そのもの。どういうことかというと、彼らが提供する映像は、「クジラがこんな残酷な形で捕獲されている」ことを伝えるものではなく、日本の捕鯨船がいる所に、ゴムボートでクジラを救おうと立ち向かっていく「自分たち」の姿を映して宣伝する。「私たちってこんなに勇敢でしょ」という宣伝をするために、メディアを使っているというわけです。

 でも、日本は何の映像も情報も提供せずただ沈黙しているから、海外のメディアが報道するのは、グリーンピースの宣伝ビデオばかり。それしか情報がないから、みんな反捕鯨。ニューヨークにずっと住んでいて、嫌だなと思い続けていたら、2009年に「ザ・コーヴ」という映画が発表されて、衝撃を受けました。

 「ザ・コーヴ」は、和歌山県太地町で行われているイルカ漁を糾弾する映画です(※編集部注:イルカはクジラの一種)。自分たちが正義で、太地町の漁師は悪と決めつけて非常に一方的な描き方をされているんですが、米アカデミー賞まで受賞しました。「エンターテインメント」としてよくできた映画ですが、太地町の漁師にカメラが暴力的に向けられ、事実誤認などおかしなところがいくつもある。そして、イルカ漁で生活をしている、太地町の人たちの声は聞こえてこない。これは、私が違う視点で伝えなきゃいけないって背中を押されました。