奇想天外な出来事だらけのインドに魅せられる

 強烈に印象に残ったのが、カルカッタの博物館での出来事です。

 その博物館は日曜日が休みなんですよ。開館日は朝の10時に門が開くのですが、たまたまある日曜日朝10時前に博物館の前を通ったんですね。そうしたら、お休みのはずなのにたくさん人がいるんです。「なんで?」と思ってそこにいた人に「今日は博物館お休みじゃないの?」って聞いてみたら、「お休みだよ」って言う。「じゃあ、なんでこんなに人がいるの?」「いや、何かが起きて博物館がオープンするかもしれないから」「そんなこと、今まであったの?」。そうしたら、「ない」って言うわけです。一人二人の変人が待っているんじゃないんですよ。黒山の人だかりで、同じ考えでみんな待っているわけ。信じられないでしょ?

 インドで道を聞くでしょ。すると、間違ったことを教えられることが多いんです。彼らにしたら、何か聞かれて「分からない」って言うほうが感覚的に失礼らしいんですよね。だから、間違っていてもとにかく何か言ったほうがいい、となる。で、教えられたこっちはてんてこ舞い。一事が万事そんな調子で、もう、計り知れない。本当に、あの国には魅了されました。

「インドには魅了されました」
「インドには魅了されました」

 どこに行こうとか全く決めてなくて、1泊数百円みたいな宿に泊まって、ただいろんな町を放浪して歩いたんです。だらだらして、世界中のヒッピーみたいな人たちと友達になりました。ぼーっとしていた。忙しかったのは洗濯の日(笑)。洗濯機なんてもちろんないし、固形のせっけんで手洗いするから大変なんです。1日仕事になっちゃう。

 隣国ネパールの、チトワン国立公園近くのジャングルの真ん中にある町にいたことがあったんですが、そこの暮らしも印象的でした。当時は電気も水道もガスもないところで、満月の夜は町の一大事。夜でも明るいから、今度の満月の夜には何をして過ごそうかと考えるのが、住民の楽しみなんです。それで、満月になるとみんな一晩中歌ったり踊ったりパーティーをする。その町では、「ブーフーウー」(※編集部注:イギリス童話「三匹の子ぶた」をモチーフにしたNHKの人形劇)が住むみたいな、わらぶき屋根の小さな土壁の小屋に3週間住んでいました。

 本当に毎日が楽しくて、あの旅を一生続けていたかった。でも、そのうちにヒッピーのなれの果てのような人がいるのも分かり始めました。ものすごく安く住めるので、欧米の人が自分の国に帰っては、肉体労働など、ある程度お金を貯めるという目的のためだけに働いて、3カ月ぐらいするとまたインドに来てぼーっとしている。10年も20年もそんな生活を続けている人たちがいっぱいいるんです。それを見て、自分はこういうふうにはなりたくない、と思いました。だから、本当にお金が尽きたとき、自分が住む世界へ帰ろうと思ったんです。

 インドに4カ月滞在しているうちに、Tシャツとかジーンズとかスニーカーとか時計とか、日本から持って行ったものは全部売りました。当時、インドは輸入商品の関税がすごく高かったので、国内ではなかなか買えないから「売って」って言われたんです。それで、最後に所持金が全部なくなったとき、本当に自分は自由だと思いました。

 インドは、ゼロの概念を発明したといわれる国です。まさにインドで「ゼロ」になって失うものが全くなくなったとき、失うことへの恐怖がなくなりました。本当の自由はこういうことなんだ、と分かった。これからの人生、失敗したとしても最後に戻ってくる所がここだとしたら、なんて素晴らしいんだろうと思って、恐ろしいことなんて何もないと、心がすごく解放されたんです。

 世界一周の航空券を手に次に向かったのはイギリスのロンドンでした。学生時代からの友人がいたんです。

 ロンドンのヒースロー空港に降り立ったときはもう、インド人と間違われてもおかしくないぐらい真っ黒に日焼けしていました。安いインドのアクセサリーをいっぱい着けて、インドで買ったペラペラの洋服を着て。11月も終わりなのに、ハダシでサンダル。

 入国審査でも、イギリスに働きに来たんじゃないかとさんざん怪しまれ、詰問されたんだけど、私はもう、物質文明の価値観の人じゃないのよ、あなたたちとは違うものを見つけたの、と達観した気分で、しゃーしゃーとしていました。

 それで、空港を出たらクリスマス前で、イギリス人のきれいなお姉さんが真っ赤なカシミヤのコートを着て、おしゃれな感じで地下鉄に乗っていたんです。それを見たら、「私もカシミアのコート着たい!」って。もう、一瞬で全然ダメ(笑)。自分のみすぼらしい姿が恥ずかしくなって、あっという間に物質文明に戻りました。

 <次回に続く>

(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム
(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム

「おクジラさま ふたつの正義の物語」


英題:A WHALE OF A TALE
監督・プロデューサー:佐々木芽生
配給:エレファントハウス

2017年9月9日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー
※書籍版は集英社より発売
公式サイト:http://okujirasama.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/okujirasamafilm/


聞き手・文/大塚千春 写真/稲垣純也