言葉も分からず、モン族の子どもに読み聞かせ

 行き先は、タイのラオス国境にあるバンビナイキャンプ。ラオスから逃れてきたモン族の難民キャンプでした。その頃私は、モン族という少数民族について何も知りませんでした。とにかく子どもたちと楽しい時間を過ごせるようにと、絵本を300冊くらい持ち、一人でできる人形劇の準備などをして出掛けたんです。楽しみでしたが、内心は不安だったんでしょうね。別の仕事で途中まで一緒だった同僚と別れる時、大泣きしましたから(笑)。

 モン族の難民キャンプの子どもたちは、やっぱり元気でした。忘れもしません。初日に私が小さな絵本を1冊見せると、子どもたちがわーっと駆け寄ってきたんです。何やら言っていますが、私にはモン族の言葉が分かりません。ただ一つ、モン語で「なぁに?」は「ダッチ?」だと聞いておいたので、絵本に描かれた馬を指さし、子どもたちに「ダッチ?」と聞いたんです。

 すると、「ネン!」と答えたので、「馬はネン」とノートに書き留めました。さらに、子馬を指して「ダッチ?」と聞くと「ミニュアネン」、お母さんを指すと「ニアネン」と返ってきます。「ミニュア」が子どもで、「ニア」がお母さんだと分かりました。子どもたちは絵本を介したそのやり取りに大喜びで、「こんなことでこれほど喜ぶなんて」と、その純真さにとても感動しました。

安井さんがモン族の子どもたちに初めて会ったのは、1985年でした
安井さんがモン族の子どもたちに初めて会ったのは、1985年でした

 次の日、私はもっとたくさんの絵本を持っていきました。すると子どもたちはやっぱり喜んで、私の手から絵本を奪い取りましたが、向きもめちゃくちゃにページを開いて、全部めくり終えると、投げ返してきたんです。モン族は文字を持っていません。だから本を手にすることも初めてなんですね。どうにかしなくちゃと思い、私は1冊の絵本を手に取り、子どもたちに向けて開きました。それは「おおきなかぶ」でした。

 「かぶ」も「おじいさん」もモン語で何と言うのか知りません。でも、絵を見れば分かるだろうとページをめくっていったんです。そしてカブを抜くシーンに来ると、「うんとこしょ、どっこいしょ」の代わりに、モン語で「イ! オ! ペ!(1,2,3)」と声を出しながら、絵本ごと引っ張るマネをしたんですよ。子どもたちは大喜び。最後にカブが抜けた瞬間、歓声が上がりました。本というものにはお話が書かれているんだと、分かったんですね。

「こうして、『おおきなかぶ』の絵本を引っ張ったんです」
「こうして、『おおきなかぶ』の絵本を引っ張ったんです」