「あの時、お前が俺をシンデレラにしたんだ。」のピュア

 さて、冒頭の『おっさんずラブ展~君に会えてよかった。~』に集っていたお客さん、私の次の入場時間に階段で整列して待っていたお客さんは、中高生や20代よりも明らかに私と同じ年代(40代くらい)のナイス熟女の方が多いのでした。

 無言の熟女同士で「あ……そちらも?」といったふうに遠慮がちに視線を合わせ、ドラマ内のセリフ「あの時、お前が俺をシンデレラにしたんだ。」がプリントされたマフラータオルをグッズ売り場で手に入れた帰路。私は「あの時、お前が俺をシンデレラにしたんだ。」を頭の中で何度か繰り返しながら、自分の弾むような足取りに気が付きました。

 この「あの時、お前が俺をシンデレラにしたんだ。」は私がドラマ全7話の中で最も印象に残っていたフレーズで、黒澤部長がはるたんに向かって一方的に恋に落ちた瞬間の心情を語ったもの。55歳の部長には既に30年間寄り添った妻がいるのに、しかも相手のはるたんが22も年下の男で職場の部下だって分かっていても、「仕方ないじゃん、恋に落ちちゃったんだもん。なんたってはるたんに靴を履かされたあの瞬間、魔法がかかってシンデレラにされちゃったんだから!」。そんな有無を言わせぬ説得力が天から轟音とともに落ちてくるような、なんとも言えぬ突き抜けた解放感があるのでした。

 男とか女とか、未婚とか既婚とか、年齢とか世間体とかどうでもいい。だって「シンデレラ」だもの。好きになっちゃった、魔法にかかっちゃったんだもの。そんな恋は「いい大人のすることじゃない」でしょうか。

 自分たちにまとわりつくあらゆる「現実の設定」という条件付けの中で、すっかり不自由さに慣れてしまった私たちは、「素直に」「純粋に」「設定(条件)度外視で」人を好きになることなんか、とうに忘れてしまったのではないでしょうか。

 現実のしがらみの中で嫌というほど「しがらんでいる」私たちに「おっさんずラブ」がなぜ訴求したのか。それは私たちにまとわりつく設定を吹き飛ばすほどの魔法と、魔法にかかった人々のひたすらピュアな心と言葉と表情が描かれていて、私たちはまるで少女漫画を読んでいたあの少女時代のように、現実の設定から自由になってそこに浸ることができたからではないかと思います。

 ドラマはDVDや動画配信で現在も視聴可能。脚本家・徳尾浩司さんのシナリオ本も併せて読むと、より深い楽しみ方ができます。「おっさんずラブ展~君に会えてよかった。~」は、東京~大阪~名古屋と巡回し、12月16日まで東京・タワーレコード渋谷店8Fで凱旋開催中です。

 最後に一つ告白すると、ドラマにハマり過ぎた私は先日、美容院で「『おっさんずラブ』の大塚寧々さんみたいな、センスのいい『オトナの女』カットで」とオーダーしました、すみません。

文/河崎環 写真/PIXTA