それを、55歳で(ドラマの主人公・麻子は53歳で)経験する。今の55歳女性って、特に大きな組織の中で第一線で働き続けたような人ならなおさら、中身も外見も十分に若いですよね。これまで中高年のおじさんの話だと思って、自分たちには関係のないことと退けていたような「定年」が、アラサー・アラフォーの私たちが働き続けるあと10年や20年後に待っているのです。

 年金制度改革で、私たち世代は74歳まで働き続ける覚悟を持たねばならぬ、とたきつけられた矢先、他方では「55歳で役職定年」との厳しい現実もある。ドラマの中でも触れられますが、女性はアラフィフごろに更年期や介護問題、子どもの教育費のピークなど、体力的にも精神的にも厳しい山を迎えるものです。そういう状況で74歳まで女性が働き続ける覚悟の重さをどーんと感じ、そして私はテレビの前で震えたのでした。

定年女子の敵は定年女子? それとも定年男子?

 ドラマ「定年女子」のすごさは、綿密に練られた登場人物たちの設定と、そんな設定の彼らが「いかにも言いそう」なセリフが絶妙な場とタイミングで発せられること。

 ドラマの中で、麻子がCSR部長を退いた後にそのポストへと就任するのは、以前から麻子と対立していた15歳年下の星野千鶴(演:高野志穂)。異動先の食品事業部では、ノンキャリアの男性課長が、麻子の新規事業提案に一切耳を貸しません。

 また、飲み屋で「本気で働く男の定年と、腰掛け程度の女の定年を一緒にしないでほしいなぁ」との発言が麻子の耳に入り、「雇用均等法さえない時代に、やっとの思いで総合職へ転じて、子育てもして、女だって必死の思いで働いてきたのよ!」と酔った麻子が爆発するきっかけになるのは、大手広告代理店勤務の藤原丈太郎(58)(演:山口祐一郎)です。

 麻子が飲み会で招集する同級生仲間も、多様な職種ながら働き続ける女性ばかり。キャビンアテンダントや、建設会社の事務職、公立小学校の教頭など、それぞれの業界でキャリアを積んでいますが、独身で子どものいないキャビンアテンダントの黒田時子(53)(演:草刈民代)は「子どもの教育ローンの残りも、住宅ローンもあるのに」と悩む麻子に向かって「そんな会社、辞めちゃえばいいじゃない」と言い放ちます。

妙にリアルな飲み会シーン 写真/NHK提供
妙にリアルな飲み会シーン 写真/NHK提供

 麻子のかつての上司、林田克子(61)(演:藤真利子)は既に角倉商事で定年を迎え、再雇用制度で週3回勤務をしている身。総務部での「重要度の低い業務」にすっかり飽き、「私にはまだまだできるのに」とぼやくその姿は、確かに十分に現代的なデキる女性。そんな、雑誌に出てきそうな先進的で有能な女性組織人にも「定年」は平等にやってくるのだ……と思わされます。

 麻子の家庭内では、娘の葵(27)(演:山下リオ)ができちゃった結婚をして、海外留学の末に就職した銀行をあっさりと辞め、「私はお母さんのようにはならない。専業主婦になる」との言葉を麻子に浴びせかけます。娘の結婚式に伴って、離婚した元夫や、その母である元姑との交流も復活し、彼らの一言ひとことが麻子にとってはイライラのもと。

 女も男も、麻子をひたすら慰めてくれる味方などいないかのよう。いったい、53歳で役職定年の憂き目に遭ってしまった麻子に未来はあるのか? もともと細身とはいえ少々痛々しいほどに激ヤセした南果歩さんの最近のニュースへの共感も相まって、一瞬絶望的な気分になってしまった私でしたが、このドラマのテーマはそんな突き落とされたところにとどまるものではないのだとか。テーマは、定年がもたらす気付きであり反撃であり、チャレンジなのです。