お母さんになってから気づいた、そこから方向転換してもいい

 私がロンドンに引っ越したばかりの頃、家探しを依頼していたエージェントと待ち合わせをしたら、そこで待っていてくれたのは英国在住歴の長い日本人女性でした。テキパキと車を運転していくつもの物件を回り、それぞれの物件で大家さんとの挨拶の仲介や家の中の紹介を効率よくこなしていく彼女は、きっと30代後半くらい。艶のある黒髪をさらりとなびかせ、ハイヒールで姿勢よく歩く姿からは生活感が感じられず、「実は先月から仕事に復帰したばかりなんです。10カ月のベビーがいるので、私は午後5時までの勤務です」との言葉を聞いたときは、意外に感じたものです。

 「出産を機に仕事を退職して、子どもを半年間育ててみましたが、うまくいかないことばかりで自信はないし、夫は職場に行くため日中は一人で孤独だし、すっかり精神的につらくなってしまって。『私は子育てに向いていない、家の中にいるのに向いていない』と思ったんです。ですから自分は他の仕事をして、子育てはそれを職業とするプロにしてもらおうと思って、仕事を探しました」

 「私は子育てや家の中にいるのに向いていない。だから自分より向いている人(保育)に任せることにした」。日本では、仮にそう思ったとしてもなぜか決して口に出せないし実行もできない、そんな感覚。合理的で迷いのない考え方に、私の中で新しい風が吹きました。

 お母さんに「なってしまってから」でも、子育てに向いていないって言っていいんだ。
 専業主婦に「なってしまってから」でも、専業主婦に向いていないって言っていいんだ。
 母親が「こうあらねば」と自分を追い詰めなくていい、そういう世界もあるんだ。

 それは、無責任でしょうか。自分と家族、特に新しい命を目の前にして、このシステムは機能しないぞと気づいた時点で軌道修正にかかった彼女は、むしろ母親として責任感が強く行動力もあったと言えるかもしれません。

「専業主婦=いいお母さん」でもない

 先日、日経ウーマンオンライン「専業主婦からのキャリア」特集では、この前後編記事が大きな人気を集めました。



 ニトリ勤務の宮澤千絵美さんは、現在2児の母。一人目の子育てで産後うつの一歩手前になるなどして専業主婦に向いていないと痛感し、そこからパートで仕事を始め、今の自分を手に入れるまでの12年間の道のりが描かれています。

 「私もこのタイプかも」「3歳までは母親がとか言う政治家もいたけど、こんなふうに『自分は向いてない』ってお母さんが言えるのもいいと思う」など、この記事を読み、自分事としてとらえた読者から、共感コメントが寄せられました。

「専業主婦が向いていない」って言っていいんだ (C)PIXTA
「専業主婦が向いていない」って言っていいんだ (C)PIXTA

 2018年の現在でも世間に根強いのが、「専業母親、つまり専業主婦は、よりよいお母さん」というイメージ。宮澤さん自身も、そういうイメージを持っていたと告白します。でも一口に会社員と言ったところであまりにもいろいろな人がいるのと同様に、専業主婦(専業母親)と言ったところで、現実にはそりゃもういろいろな人がいます。

 「専業主婦が母親としてベスト」なんて信じ込んでしまうと、反動でそうじゃないお母さんに対しては「子どものために人生を費やさず、自分勝手」なんて批判的な目を向けてしまうこともありますよね。でも本当に生き生きといい仕事をして家族にも社会にも貢献している女性を見たことがあれば、自分勝手という感想を持つはずはないのです。