バリバリ仕事中に突然父が現れたら?

 グローバリズムと資本主義が世界を覆う中、世界の働き女子たちも日本の私たちと似た思いを抱えています。

 経済効率優先、タイムイズマネーで、ひたすら切った張ったの強い刺激ばかりが続く。その刺激に自分をまひさせないと狂ってしまうので、細かいことには何も感じなくなった。何が愛で何が欲望なのかも混ざってよくわからない。とにかく、予定表に遅れないように生きている。自分のペースを完全に乱され、どこか正気を失っている。今の自分は、かつて思い描いた姿をしているでしょうか。人生の手綱が他人に握られていないでしょうか。

 娘たちが激流の中で懸命に踊っているのを、当惑しながらも辛抱強く見守ってくれている私たちの父親は、疲弊した私たちを正気に戻してくれる存在。そんな父親と娘のストーリーが世界中で40以上もの賞に輝き、「ムーンライト」や「ラ・ラ・ランド」を抑えて事実上の2016年の映画ベスト1であると、世界各国の映画誌や評論家の絶賛を受けました。

 ドイツとオーストラリア合作の「ありがとう、トニ・エルドマン」は、ルーマニア・ブカレストで「自立しているグローバルキャリアパーソン」のイネスの元へやって来た、元音楽教師の父ヴィンフリートが起こす滞在中のドタバタと心の交流を描いたもの。

バリバリ仕事中に、突然、お父さんが現れたら? (C) Komplizen Film 「ありがとう、トニ・エルドマン」より
バリバリ仕事中に、突然、お父さんが現れたら? (C) Komplizen Film 「ありがとう、トニ・エルドマン」より
『ありがとう、トニ・エルドマン』

【監督・脚本】マーレン・アデ
【出演】ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー
2016年 ドイツ=オーストリア(162分)
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/tonierdmann/
6月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

 おかしなカツラと入れ歯をして「トニ・エルドマン」とふざけた架空の名を名乗る父は、一人前のグローバル経営コンサルタントとして働くイネスの暮らしにのっそりと現れ、娘が自分なりに築いてきた生活、職業人格、人間関係を見て「おまえは幸せか?」「おまえは人間か?」と問います。

 取り繕い、人には等身大以上に見せることで戦っているイネスの生活は、もちろん故郷にいた時代のそれとは違い、演出され変わり果てたもの。繊細や優しさや人間らしさは多忙の中で失われ、恋愛や悪い遊びなど、知られたくない今の顔もある。そこにひたすらシリアスな表情をキープして繰り出されるトニ・エルドマンからイネスへの「悪ふざけ」と「ちょっかい」は、愛情と人間臭さにこれでもかとまみれたユーモアなのですが、娘としてはイライラが募るばかり。

 グローバル資本主義なら当然とされる「経済合理性に見合った正しい判断」に、父は「それは本当にお前も望むことだろうか」とヒューマニティーからくる疑念を挟み続け、やがてヤケになった娘(イネス)に、ある解放の瞬間がやって来る……というお話です。