母親の痩せ志向が強いと胎児が飢餓状態に

 井村さんが気になるデータとして示したのが、日本人の平均身長・平均体重の推移と低出生体重児の推移だ。成人(30歳代)の日本人の平均身長は戦後伸びてきたが、2005年前後に男女とも伸びが止まり、若干低下傾向も見られる。体重のほうは、男性は身長の伸びと平行して増えているが、女性は1970年以降体重の伸びが鈍化し、ほぼ横ばいのまま推移している。

 一方、低出生体重児は戦後減少傾向にあったが、1980年ごろから再び増え始め、2005年くらいから9.5%前後とほぼ横ばいのまま高止まりしている。また、日本は低出生体重児比率がOECD諸国中最も高いという。

(過去記事「女性の痩せ過ぎと栄養不足 産んだ子どもにどう影響?」参照)

日本人の平均身長・平均体重の推移(データ:国民健康・栄養調査より作成、1974年は調査なし)
日本人の平均身長・平均体重の推移(データ:国民健康・栄養調査より作成、1974年は調査なし)

 「低出生体重児増加の大きな要因は、若い女性の『痩せ志向』です。また、分娩時の事故を回避するために、妊婦さんが体重を増やさないように産科で指導されたり、一時期流布した『小さく産んで大きく育てる』のがいいとする間違った通念がいまだに残っていることも影響しています。ただし、4000g以上の赤ちゃんも生活習慣病になりやすい。つまり、小さ過ぎても大き過ぎてもリスクになります」(井村さん)

胎児期の低栄養は心筋梗塞、認知機能低下のリスクを上げる

 国際的に妊娠中の栄養不良が注目されたのは、第二次世界大戦中の「オランダの飢餓の冬」後の追跡調査により、さまざまな悪影響が分かってきたから。西オランダでは、1944年から45年にかけての5~6カ月間、ナチスドイツが食料の補給路を遮断したために、平均総摂取カロリーが最低で約600kcalになる大飢饉(ききん)が起こり、1万~2万人が餓死した。飢餓の冬の間に胎児だった子どもの出生時体重は、その前後に生まれた子より平均で200g下回り、低出生体重児が増加した。

 「当時おなかの中にいて栄養状態が悪かった人は、その後、統合失調症や心筋梗塞、糖尿病、高血圧、メタボリック症候群を発症しやすく、腎機能や認知機能の低下を起こす割合も高いことが確認されています。1941年~44年の2年4カ月間に約150万人の死亡者を出したロシアのレニングラード(現・サンクトペテルブルク)包囲による飢餓でも高血圧、心疾患などが増加しました。約3000万人が亡くなった1958年~1961年の中国大躍進政策による飢饉の影響を調べた研究では、後に高血圧や心臓病、精神疾患、認知機能障害などが増えるという結果が出ています」と井村さん。

 「もう一つ大きな問題は、胎児の時にお母さんが低栄養だったり、身体的・精神的ストレスが強かったりすると、子どもの認知機能、知能にまでにも影響が出る可能性があることです」と井村さんは指摘する。

 オランダ、中国の飢餓の追跡調査や、イギリスで戦後実施された調査からは、低出生体重児は年を取ってから早く認知機能が低下して認知症を発症する傾向にあることや、低出生体重児に若い時から認知機能が低い人が多い傾向にあること、神経発達スコアが低いという報告もある。もちろんこれはあくまでも傾向であり、低体重で生まれたからといって必ずこうしたリスクを負うとは限らない。