お母さんの口や膣からも常在菌の情報は伝わる

――「設計図が伝わる」というルート以外の二つのルートについても教えてください

永田さん まず、2つ目の「口腔ルート」とは、母体の口から、生きた菌が赤ちゃんに伝わるルートのこと。

 例えば、歯肉炎のあるお母さんの口腔内の細菌が、母体と胎児をつなぐ臍帯の「臍帯血」から検出された、という報告があります(※1)。胎盤内でこれらの細菌の数が過剰に増えると、死産の原因になることがあると指摘されているなど、お母さんの口の菌が赤ちゃんに影響を与えることが分かっています。

 3つ目が「膣ルート」。膣内の細菌が膣から子宮に上がっていき、羊水に取り込まれているということが報告されています(※2)。そのため、赤ちゃんが羊水を飲み込むことによって、母体の膣内細菌を体内に取り込んでいる可能性があります。この膣内細菌が羊水で過剰に増殖すると、「絨毛膜羊膜炎」という子宮内感染を起こして早産のリスクを高めます。早産の3分の2を占めるのが、この感染症といわれています。

 つまり、「口腔ルート」も「膣ルート」も、赤ちゃんの胎児期に影響を与える可能性がありますが、生後の腸内細菌叢にはそれほど大きな影響を与えていないのかもしれません。

 このように、私は、胎児の腸内細菌叢に最も大きな影響を与えているのは、腸管ルートだと考えています。その仕組みについてはこれからさらに詳細に明らかになっていくでしょう。

――乳がんの人の乳房にある常在菌を調べると、健康な人とは全く違う細菌叢が形成されていたという報告があるようです(※3)。赤ちゃんの腸内細菌叢の設計図づくりが行われる際に、母体が持つ病気の情報までもが伝わる、というリスクはないのですか。

永田さん こんな細菌がいるよ、という情報は運ぶかもしれません。しかし、がん細胞の遺伝子が運ばれるわけではありません。がん細胞に起こるような遺伝子変異は、胎盤で厳密にシャットアウトされます。また、「こんな細菌がいた」という情報をもとに将来的に子どもががんになる、という恐れも、ないといっていいでしょう。母体が感染性胃腸炎に感染したような場合でも、そういった感染症の原因菌が常在細菌よりも多くなるということはありませんし、その原因菌によって腸内細菌叢の設計図が変わる、ということもありません。

 ですから、感染症やがんといった病気の情報が菌を介して子どもに伝わり、子どもの健康に影響を与える、ということを心配することはありません。

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 次回は、赤ちゃんに健康な腸内細菌叢を伝えるために具体的に何をしたらいいのかをお伝えする。

取材・文/柳本 操 イラスト/もり谷ゆみ

※1 Obstet Gynecol.;115(2 Pt 2):442-5. 2010
※2 Am J Obstet Gynecol. ;212(5):611.e1-9. 2015
※3 Appl Environ Microbiol.;82(16):5039-48.2016

この人に聞きました
永田智さん
東京女子医科大学小児科教授・講座主任
87年、順天堂大学医学部卒業、92年同大学大学院医学研究科修了。90年、英国クイーンエリザベス小児病院研究員、95年、英国ロンドン大学大学院博士課程を修了。順天堂大学医学部小児科講師、同大学大学院プロバイオティクス研究講座先任准教授を経て2013年から現職。日本小児科学会理事、専門医、日本アレルギー学会専門医。免疫、アレルギー、栄養、消化器、腸内細菌学を専門とし、研究する。

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