「いい人」を選ばなければ幸せになれないのか

 思い切って“普通の結婚教”に完全に入信してしまえば、それはそれで楽になるとは思うのですが、しかし多恵さんは猛烈な違和感を感じているわけです。その違和感を無視してもいずれ破綻するのは目に見えていますし、現に悩みまくっていますよね。

 我々としても、入信は絶対にオススメしません。

 なぜなら、“普通の結婚教”のドグマ(教義)は、「普通の結婚こそが幸せであり、そのためには『いい人』を選ばなければならない」という教えであり、入信することは、自分の価値判断の基準をこのドグマに預けることを意味するからです。少し大げさに言うと“自分”を受け渡すようなものです。

なぜ恋愛が軽視されるのか

 「どんな恋愛も3年で冷めるんだから『いい人』を選ぶのがよい」というアドバイザーの言葉からわかる通り、“普通の結婚教”では恋愛が軽視されています。ドグマを守るためには、ときにクソメンを選ばせる恋愛という要素は邪魔なものでしかないからでしょう。これは、自分の感性や感情よりも、結婚という目的を優先させろということです(同時に、いい人という条件で括られている男性側の個性や感情もほとんど無視されている点を補足しておきます)。

 もちろん、我々は結婚自体を否定するわけではありませんし、結婚するためには恋愛が必須だとも思っていません。しかし、それを決めるのは本人であり、周りがとやかく言ってコントロールしようとしていいものではないはずです。自分の感覚をだまし、ドグマに従っていい人という条件1つで結婚を決めることが、多恵さんにとっての幸せと言えるのでしょうか。

 自分の幸せを決められるのは、自分だけです。

でも彼氏ほしい!

 さてここまで、なぜ多恵さんが「アドバイスになっていないアドバイス(=“普通の結婚教”への勧誘)」を無視できないのかということと、そこに潜む問題点について考えてきました。しかしこれでは、多恵さんの悩みを解決したことにはなりませんし、「でも彼氏ほしい!」という心の叫びに応えられていません。そこでここからは、解決策や具体的な方法について考えていきます。