なぜ理由を聞くのが怖いのか

 beingは在り方そのものですので、否定されると極めて苦痛であり、しかも自分でも簡単に変えることはできません。そのため好きな人からbeingを否定されることは、誰にとっても怖いことだと言えるでしょう。

 一方、doingは反省と改善が可能ですので、否定されても立ち直れないほどの痛手にはなりません。慶子さんの現状は、中心であるところのbeingではなく、周辺のdoingを反省という車に乗ってぐるぐる巡っていると見ることができます。

doingは反省と改善が可能
doingは反省と改善が可能

 このように考えていくと、慶子さんが抱いた「理由は怖くて聞けなかった」という恐れの正体が見えてきます。それは、自分のbeingをハッキリ言葉で否定されることに対する恐れだったのではないか──。

 こう書くと、まるで慶子さんが核心から逃げているようで何だかダメっぽく聞こえるかもしれません。慶子さん自身も、「反省しても意味はない」と少し投げやりになってきているところがあります。しかし我々は、慶子さんの反省にはご自身が考えている以上に意味があると考えています。次のページから、その意味について解説してみます。