仕事時間の制限をブレイクスルーのチャンスに
人間は、何らかの制約条件がないと、身に付いた行動を変えることは難しい。例えば、東日本大震災の前と後では、企業の節電に対する考え方は大きく変わっている。
「働き方改革もこれと同じです」と佐藤教授。「日本の企業は、環境制約に直面しながらブレークスルーしてきました。エネルギー制約や環境制約がこれにあたります。これらの制約を克服することを、経営革新につなげてきたのです」。
そして、現在、日本企業は、これまで気がつかなかった制約条件に直面している。
「それは社員の時間です。今までは社員の時間を制約なく使って仕事をしてきました。その結果、時間当たりの生産性が低くなったのです」。
これからは時間当たりの生産性を重視し、仕事時間を長くすることでアプトプットを増大させるのではなく、仕事の質で競争する時代だ。
「ある企業では、営業部門に月の売り上げの達成額で社員を表彰する制度がありました。従来は、残業が多い社員が上位になる状況がありました。そこで、時間当たりの売上高を計算してみると、短時間勤務者の成績が上位になったのです。この企業は、時間当たりの達成度の高い社員を評価するように、表彰基準を変えました。それにより、社員の働き方が変わってきたのです」と佐藤教授は話す。
長く働いてアウトプットを増やすのではなく、仕事の中身を高めていく働き方を評価するというメッセージをトップが出すことが、働き方改革ではきわめて重要なのだ。
「また、多様な考え方を持った人を受け入れることができる組織とするためには、価値観が異なるそれぞれ社員が、お互いを理解しようと努力することがポイントになります。理解することでなく、理解しようと努力することが大事なのです。また、多様な価値観を持った社員を受け入れても組織として統合を維持するためには、経営理念や行動理念を社内で共有することがますます大切になります」。
「海外展開している企業で、海外事業所では経営理念を浸透させる取り組みを重ねていても、日本国内ではそれが疎かになっているケースがあります。経営理念、行動理念を社内全体に浸透させることが、ダイバーシティ経営成功のカギになるのです」と強調して、佐藤教授は講演を締めくくった。
<最後に>
経済産業省の新ダイバーシティ経営企業100選運営委員長など数々に公職を歴任する佐藤博樹教授は、日本のダイバーシティ推進の中枢にいます。その言葉は非常に分かりやすく、多くの人が“腹落ち”します。
「ダイバーシティ・マネジメントの基本は“適材適所”。これは、従来の人材活用の考え方と同じ。ただし、“適材”と考える従来の人物像の見直しが不可欠」と語ります。かつては家には専業主婦がいて、その女性に家事・育児・介護をまかせて、男性たちは時間制約・制限なしに働くことができました。でも今はそうではありません。そんな人たちは少数派です。20年前の職場と比べてみると、皆さんの職場でも、共働きのメンバーが増えたり、介護で悩むシニア層が増えたなと実感できるのではないでしょか。長い仕事人生の中で、多くの人に時間制約や制限が生じる可能性があるのです。だからこそ、働き方改革の必要性が高まります。
佐藤教授の講演の中で一番印象に残ったのは、「日本の企業は、制約に直面しながらブレークスルーしてきた。エネルギーにしかり、環境しかり。これらの制約を克服することを、経営革新につなげてきた」との言葉です。であれば、時間制約のある社員が増えることは、経営にとってマイナスではない、時間制約を克服することでブレークスル―も生まれる可能性も高いと言えるのではないかと思いました。
取材・文/芦部洋子 写真/辺見真也
(2016年6月29日に「日経BPネット」 コラム「麓幸子の「ダイバーシティ&働き方改革最前線」に掲載された記事を転載しています)