プレゼン資料は手書きの紙芝居で

 ちょうどその頃、社内で社長交代がありました。各部署が社長に現状報告をする中で、上司に「私に報告させてください」と手を挙げたところ、これが運よく叶いました。周囲は単なる報告だと思っていたようですが、私はプロジェクト始動の許可をもらう気満々です。社長に直接プレゼンできる。こんなチャンスは二度とないかもしれません。どうすれば社長に伝わるのか、大手ビールメーカーであるキリンがなぜ小ロットで手間のかかるクラフトビールに参入すべきなのか。「ビールの未来」という視点から考え抜きました。

 まだ自分の頭の中にしかない構想を人に伝えるというのは本当に難しいものです。パワーポイントで作った資料がいいのか、スケッチがいいのか、文章がいいのか……悩んだ末に、細かな条件や実現性よりも、私の頭の中にある「未来の絵」を一緒に見てもらうことが重要だと思いました。それには長文の資料は向いていません。そこで考えたのが、手描きの紙芝居です。1枚目は「未来の絵を描こう」というメッセージで始まる、イラスト中心の構成にしました。

 私が抱いていた「このままではビールがつまらなくなってしまう」という危機感は経営陣とも共通していたようでした。スケッチブックに描いた紙芝居をめくりながら、必死でプレゼンする私の話を聞いた社長はひと言、「条件は一つだけ。どうせやるなら面白いことをやってくれ」と。こうして正式にGOサインをいただき、夢の仕事に一歩踏み出したのです。

アイデアを手描きでまとめることが多く、普段から文房具類を持ち歩いているという吉野さん。「集中したい時は音楽も聴きます。スケッチをするならゆったりしたもの、気合いを入れて資料を作る時にはモチベーションが上がる映画のサントラなど、仕事によって曲を変えています」。イベントのグッズ案も手作り
アイデアを手描きでまとめることが多く、普段から文房具類を持ち歩いているという吉野さん。「集中したい時は音楽も聴きます。スケッチをするならゆったりしたもの、気合いを入れて資料を作る時にはモチベーションが上がる映画のサントラなど、仕事によって曲を変えています」。イベントのグッズ案も手作り

まるで少年漫画の『ワンピース』 200回のプレゼンで仲間集め

 社長の許可を得た後も、紙芝居によるプレゼンは200回以上披露しました。GOサインが出たとはいえ、会社からすべてお膳立てをしてもらえるわけではありません。人員も設備もない、白紙の状態。まずはプロジェクトメンバーを募るため、社内を回りました。

 営業、製造、経理、広報と各部署を訪ね、紙芝居プレゼンを繰り返したところ、「そんなことをしている場合なの?」と言われることもありました。きっと夢物語に聞こえたのだと思います。でも、「面白そうだね!」と声をかけてくれる人もいて、少しずつ賛同者が増えていきました。不思議なもので、200回もプレゼンをしていると「あ、この人とは将来一緒に仕事をするかもしれないな」とピンとくるんですよね。自分にはない専門性を持った人が一人ずつ仲間に加わっていく様は、まるで少年漫画の『ワンピース』でした。