「ほかに別の道があるのでは」と悩み続けた20代

 20代はとにかく人生に迷っていました。私は、生まれも育ちも広島で、そのまま地元で就職しました。「何かに打ち込みたい」とはずっと思っているのに、具体的に何なのかわからない。転職先で「とにかく3年がんばってみよう」と働いていたのですが、3年経っても何かが変わるわけではなくて……。モヤモヤしている自分に嫌気がさし、さらにモヤモヤするという悪循環を引き起こしていました。

 今思えば、すごく視野が狭かったんですね。仕事選びにしても、自分の中の選択肢がとても少なかったと思います。自分でもなんとなくそのことを感じていたので、とにかく外に出て、人の話を聞くようにしていました。本をたくさん読んで、講演会にもよく足を運びました。悩んで誰かに愚痴を言うよりも、違う世界の人の話を聞いた方が良いと思ったんです。長い間「何か違う道があるはず」と悩み続けていたので、そこから抜け出すヒントを必死に探していたのでしょう。いろいろな人の話を聞くことで、少しずつ視野が広がり、「もっと大きな世界があるんだ」と捉えられるようになっていきました。

留学をきっかけに書家を志す

 26歳の時、思いきって学生時代から憧れていた海外留学をしました。行き先はロンドンです。その準備として、日本の文化を学んでおこうと書道を再開したら、それが驚くほど楽しかったんです。書道は小学校から高校まで習っていましたが、仕事になるとまでは考えていませんでした。ただ、「楽しかった」という記憶は残っていて、書いているとその感覚がよみがえってきたんです。思えば、私は皆が面倒くさがる年賀状やご祝儀袋の宛名を書くことも好きだったんですよ。

 私の書いた字を見て、感動したり、喜んでくれる人がいる。これまでの仕事では感じたことのない充実感でした。「こんなふうに楽しい気持ちで毎日を過ごしたい」という気持ちが高まり、「書家」になろうと決めました。