チャンスが来たときにどれだけ成果を出せるか

――望んでいたチャンスが巡ってきたときに「はい、できます!」と即答できるだけの準備をしておくことが、大事なんですね。

 そう思います。すぐに差し出せる素材をたくさん準備していたから、相手も安心して任せられたはずですし、「そんなに詳しい人は他にいないから、ベッカムネタは小西に」という流れが自然とできました。

 おかげさまで、ベッカム選手に関する自社のニュースはほぼ全部私が担当しましたし、「自称・ベッカム番」として8カ国も行かせてもらえました。うち北京やバンコクには、同系列の支局があって特派員もいたのですが、「ベッカム選手の取材だから」という理由だけで、ロンドンにいる私が指名されたんです。うれしかったですね。

 本流の取材では番手が回らず、くすぶっていたからこそ練り出した苦肉の策によって、念願だった「私にしかできない仕事」をつくり出せたという経験でした。

――当のベッカム選手からも覚えられる存在に?

 取材者としては、相手に顔を覚えてもらい、信頼関係をつくっていくことはとても大事。ただ、ベッカム選手は超がつくほどの大スターなので、現地の記者でもめったにインタビューが取れず、ただ追っかけるだけでは足りないことは分かっていました。

 そこで、私が心掛けたのは「できるだけ相手の視界に入る立ち位置」や「安心感を与える印象づくり」。例えば、チームのバスからホテルに入る瞬間をとらえようと、たくさんのメディアに混ざって玄関前で待つとき。選手がバスを降りて、ホテルの玄関に入るまでの動線をシミュレーションし、自然と視界に入るだろう位置に立つようにしたのです。

 記者会見会場では、もちろん前のほうの席に座ります。ただし、ベッカム選手が座る席の真正面の位置ではなく、右か左に少しずれた席に。正面に向き合う相手からは心理的に圧迫感を抱くことが多いですが、ちょっと視線を外したときに目が合うくらいの位置にいる人からは安心感を抱きます。

――とても細かいテクニックですが、いろいろな場面で応用可能ですね。

 そうですね。その小さな積み重ねで、なんとなく「あの記者はいつも来ているな」と認識してもらえるようになりました。彼の次男が産まれた日に産院前でコメントを出した時も、駆け付けました。うれしそうな笑顔で「ロメオ」という名前を発表したシーンです。

――小西さんがベッカム選手のいろんな魅力を引き出した取材があったから、いまだに日本での人気が継続しているのでしょうね。しかし、その原点が小西さんの記者としての「焦り」だったというのが、奥深いと感じました。運よくツーショットが撮れた! なんてことは?

 えーっと、あります。あるには、あるんですが……。

ベッカムと私の二人だけの写真

――どうしましたか? 急に歯切れが悪くなりましたけど。

 ハイ。あれはオランダで中田英寿選手と直接対決が決まって、その試合前の様子を取材していた時ですね。ホテルのロビーで休憩していると、なんと、ベッカム選手が向こうから歩いてくるではないですか。チームメイトと談笑しながら、ジャージの着こなしも一級で、さすがスターだなぁと。

 ハッと我に返り、勇気を振り絞って声を掛け、日本のファンにリポートを届けているという自己紹介を手短にした後、写真撮影をお願いしてみました。「Of course!」と快諾してくれたことに舞い上がった私は、すぐに手元のバッグからカメラを取り出して、同僚にシャッターを押すように頼みました。

 そう、あのカメラ……。私が取り出したのは、なぜかデジカメではなく「使い捨てカメラ」のほうだったんですよね。

 その判断ミスに気付いていなかった私は、隣で写真に納まってくれた彼のオーラの輝きに圧倒され、「うっわ~、本当に後光が差してるみたいやわ」と感動し、その晩はホクホクな気分で眠りに就きました。

 後日、現像した写真を見て、絶句。

 ……逆光だった!

 薄暗い写真の中に立つ二人のシルエットは、目を凝らして見ればかろうじて私と、ベッカム選手……かな……と分かる程度。背後からフワ~ッと天井の照明の光が差し、まさにこれが「後光」の正体だったのだと気付いたのでした。

「ベッカム選手の後光の正体はこれでした」
「ベッカム選手の後光の正体はこれでした」

 あれは痛恨のミスでした(笑)。

 その後、奇跡的に訪れた2度目のチャンスで撮ったツーショット写真では、リベンジがかないました。一生の宝物です。

聞き手・文/宮本恵理子 写真/稲垣純也

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