自分らしさを見つけるために、必要なもの

 当初アンドレアは、自分からすればまったく違いのわからない二つのベルトについて皆が議論しているのを見て、思わず吹き出してしまいました。それなのに、気づけば自分もその記号消費の社会に染まっていたのです。皆と同じブランドの服で着飾り、皆が憧れるものを求め、そのためには信念をも曲げて突き進む。そこにはもはや自分らしさはなくなっていました。自分自身が社会における一つの記号、オリジナルなき模造品のようになってしまっていたのです。

 そしてもう一度オリジナルに戻るべく、自分を束縛していたケータイを捨て、ブランドものの服を脱ぎ捨てて、自分らしいダサイ服装を身にまとうのです。ここではブランドものの服だけでなく、ケータイも象徴的な存在だといえます。

 ケータイは自分の時間を奪う存在です。映画の中でも、家族や親友、恋人と過ごす大事な時に限って、ミランダからの呼び出しがあり、アンドレアは自分の時間を奪われてしまいます。私たちの日常でもよくあることだと思いますが、ケータイがあることによって、人は24時間、仕事あるいは社会と結びつけられ、自分を捨てざるを得なくなっているのです。ブランドのファッションと同時にケータイが映画の中で重要な役割を果たしているのは、偶然ではないと思います。現代社会において自分らしさを奪う二つの記号が、ファッションとケータイなのです。

 アンドレアはその二つを捨て、自分らしさを取り戻すに至ります。しかし、彼女は決してミランダを恨んではいませんでした。最後に彼女はこういっています。『多くを学んだ』と。まさにその通りなのでしょう。何がオリジナルなのか明確に意識するのは、簡単ではありません。そのためには葛藤が必要なのです。アンドレアはその葛藤を乗り越え、はっきりと自分のオリジナルに気づいたのです。

 それがはっきりしていないと、自分らしさは簡単に失われてしまいます。消費社会に飲み込まれ、気づけば皆と同じになってしまう。そこから抜け出すためには、葛藤あるのみなのです。

 もし今、仕事と自分らしさのはざまで葛藤を続けている人がいたら、ぜひ安心してください。その葛藤こそが本当の自分らしさを見つけるために必要な経験なのです。だからもう少し頑張ってください。ケータイを捨てる日まで! ”That’s all.”

プラダを着た悪魔
<ストーリー>
大学を卒業し、ジャーナリストを目指すアンドレアが手に入れた仕事は、世界中の女性たちが死ぬほど憧れる一流ファッション誌“RUNWAY"の、カリスマ編集長ミランダのアシスタント! 悪魔的にハイレベルなミランダの要求に、キャリアのためとはいえ、カレの誕生日は祝えず、友達とも不仲に。このままでいいの? 私って、本当は何をしたいんだっけ?

販売元: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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文/小川 仁志