自分の滑りを追求した結果……

彼女が語った「氷を味わう」「氷とケンカしない」の意味とは 写真/JMPA代表撮影(岸本勉)
彼女が語った「氷を味わう」「氷とケンカしない」の意味とは 写真/JMPA代表撮影(岸本勉)

 技術的な部分での小平さんの変化は、「怒った猫と称される上体を起こした姿勢への変更」「オランダのバイキング社の新型ブレードへの一早い変更」「コーナー時に骨盤が傾く癖の修正」などが挙げられますが、「氷を味わう」「氷とケンカしない」という言葉をヒントにすると、そのすべては一つの方向に向かっていることが分かります。

 上体を起こすことは脚の可動域を広げて氷を長く「押せる」。固く、長い新型ブレードはチカラをロスすることなく氷を長く強く「押せる」。骨盤の傾きを修正したことでコーナー時に外側の足の浮き上がりを抑え、氷を長く「押せる」。古武術を学んだり、一本歯の下駄に乗ったりと、さまざまなトレーニングも実践し、それらはすべて「氷をできるだけ長く強く押す」というところに集約されます。

 氷を長く強く押せることで、まずスタートからの加速が早まります。そして、氷を長く強く押せることで、一歩で進む距離が伸び、後半までダレない効率のよい滑りが可能となります。氷をどれだけ味わうことができるのか。足を速く動かすことでも、氷を蹴りつけることでもなく、味わうように長く強く押すことが、小平さんの飛躍のカギだったように思います。

 それはちょうど競泳の優れた泳ぎが「ひとかきで長く進む」ために、見た目はゆったりしていながら、スピードは出ているのと似ています。

 金メダルの小平選手と銀メダルのイ・サンファ選手をはじめ、トップ6の選手たちの歩数を、映像上の目視にて比較してみました。

◆最初の100メートルに何歩で到達しているか
・金メダル 小平選手/165センチ/29歩
・銀メダル イ・サンファ選手(韓国)/164センチ/29歩
・銅メダル エルバノバー選手(チェコ)/176センチ/28歩
・4位 ヘルツォーク選手(オーストリア)/175センチ/31歩
・5位 ボウ選手(アメリカ)/170センチ/31歩
・6位 テル モルス選手(オランダ)/181センチ/30歩

 身長が低い部類の小平選手とイ・サンファ選手のほうがむしろ歩数が少ない、すなわち一早く「走り」から「滑り」へ移行していることが見て取れます。走るより滑るほうが速いのは当たり前であり、一早くそれができるのも、スタートから氷にチカラを乗せていけるからこそ。筋肉のチカラだけではなく、長く強く押せるフォームがあってこその滑りです。

 小平選手の場合、それは単にオランダ留学で身に付いたものではないはずです。確かにオランダはスピードスケート大国であり、リンクの数も競技者の数も多く、優れた用具メーカーのバックアップもあります。ただ、結局滑るのは個人それぞれであり、小平選手の体に合ったやり方は小平選手にしか見つけられません。自分に合った自分だけのフォームにたどり着き、これまでより長く強く氷を味わうことができるようになった、まさにスケートの根源的な部分での進境が、今大会の強さだったのではないでしょうか。