「べき」の程度は人によって違う、境界線をチェック

 冒頭で、怒りは「自分自身のゆずれない価値観=べき」が原因で生まれることを教えてもらいましたが、「一見似た『べき』を持っているようでも、その『程度』は人によって違う」と、戸田さんは指摘します。どういうことか、「会議の時間を守るべき」という価値観を例に挙げて考えてみましょう。

 例えば、職場で10時から会議が始まる場合、自分は「10分前に会議室に集合するべき」と思っていても、後輩は「10時ちょうどに席に着いていればいい」と思っているかもしれません。そして同僚に至っては、「社内会議なのだから5分くらい遅刻しても許される」と思っていることもあるでしょう。

 このように、「お互いの『程度』の違いによっても、怒りが生まれることがあります」と戸田さん。

 「そのため人と関わるときには、どこまではOK(許容範囲)で、どこからがNG(許容できない)かという『べき』の境界線、つまり、『怒る・怒らない』の境界線を明確にしておくことが大切です」

「怒りで疲れる」をなくす、コントロール方法は

 では試しに、「会議の時間を守るべき」の境界線を、三重丸で考えてみましょう。

(1)内側の丸=OKゾーン(10分前に会議室に来る=自分と同じ「べき」なので許容範囲=怒らない)

(2)次の丸=許容ゾーン(3分前に会議室に来る=自分とは少し違うが、遅れていないので許容範囲=怒らない)

3)外側の丸=NGゾーン(3分前以降に会議室に来る=自分とは違う「べき」なので、許容できない範囲=怒る)


●「怒る」「怒らない」の境界線を明確に、後悔しない選択を

 この場合、内側の(1)は、自分と同じ「べき」であり理想とする状況なのでOK(許容範囲)となります。次の(2)は、自分とは少し違う「べき」であるため、イラッとするけれど、怒るほどのことではない範囲(許容範囲)です。そして外側の(3)は、自分とは全く違う「べき」のため、NG(許容できない範囲)となります。つまり(1)か(2)であれば、怒らなくてもいい範囲。しかし(3)の場合には、相手に「怒る」という判断ができます。

 「もしも『怒る』『怒らない』の選択に迷った場合は、『後悔しないほうを選ぶ』ことがポイントです」と、戸田さん。「言っておけばよかった」と後悔するなら、自分の気持ちを伝える。反対に、「言わなければよかった」と後悔するようなら、伝えないことを選択するといいそうです。

 判断の基準は、あくまでも「自分」が後悔しないかどうか。「こんなことで怒ったら小さい人間だと思われるかも」と、人目を気にして怒りを抑えると、後悔する結果になるはず。戸田さんも、「人から見れば小さくてささいなことでも、自分にとっては大切なこと。常に『自分』の気持ちを選択の基準にするようにしましょう」とアドバイスをくれました。

●「べき」の境界線が広がると怒りが湧きにくくなる

 自分の許容範囲が狭いとイライラしがちですが、自分の境界線をチェックして、(2)の「許容ゾーン」を広げることができれば、腹を立てることが減ってきます。例えば(2)の「許容ゾーン」を、「開始時間までに会議室に来る」にまで広げることができれば、イライラは随分と減るでしょう。ただし、「許容範囲を広げることは、自分の価値観を捨てて境界線をなくすことではありません」と、戸田さん。大切なのは、少し考え方を緩めて、さまざまな「べき」があることを認めることなんだそうです。

●「べき」の境界線を安定

 また戸田さんは、「この境界線は、コロコロと変えないことが大切」だと指摘します。自分の機嫌の良しあしや相手によって境界線を変え、許容範囲を広くしたり狭くしたりすると、相手に不信感を抱かれる原因になってしまうので、一度決めた境界線は変えないように意識しておきましょう。

●「べき」の境界線を、周囲に具体的に伝える

 家族や親しい間柄の人、いつも顔を合わせる職場のメンバーなどには、「こんなこと言わなくても分かってくれるはず」と思いがちです。何がOKで何がNGなのか、怒る・怒らない境界線はどこなのかは伝えなくては分からないこともあります。誤解のないよう、「ちゃんと時間を守って」「丁寧な対応をして」「メールの返信は早くして」といった曖昧な表現ではなく具体的に伝えましょう。

 アンガーマネジメントは、怒りを抑えるためのものでも、我慢するためのものでもありません。怒りと上手に付き合い、怒りで後悔しないようにするための心理トレーニングです。そのため前編では、まず怒りと向き合うために、「怒りとは何なのか」について解説しました。続く後編では、より具体的な「怒りへの対処法」をお伝えします。

前編:なぜ私たちは怒ってしまうのか「怒り」の専門家に聞く(この記事)
後編:「怒り」を対処 すぐできる感情コントロール&伝え方(7月27日公開予定)


聞き手・文/青野梢 写真/PIXTA

プロフィール
戸田久実
戸田久実(とだ・くみ)
日本アンガーマネジメント協会理事。大手民間企業、官公庁などで「伝わるコミュニケーション」をテーマに研修、講演を実施。著書は「いつも怒っている人も うまく怒れない人も 図解アンガーマネジメント」(かんき出版)など多数。