小さな勇気の積み重ねが人を成長させる

――講演会のように、大勢の人の前に立って話をすることはもともと得意なのですか?

諏訪 とんでもない! 私はもともと恥ずかしがりで、人前で話すことが苦手なんです。最初の頃は、1時間半の講演のために、前日に3セット、4時間半かけて練習するというような努力もしていました。

 講演ではたいてい、最後に質疑応答の時間があります。お客さんが女性ばかりだと、質問をすることが恥ずかしいのか、誰も手を挙げる人がいないときもあります。そんなとき私は「小さな勇気が人生を変えますよ」という話をします。2009年、当時の麻生首相と中小企業経営者との意見交換会に呼んでもらったことがあります。緊張で心臓が口から出そうでしたが、そのとき勇気を振り絞って首相に直訴した助成金の制度改革が実現し、さらに経済産業省の産業構造審議会の委員にもしていただいたんです。

 このエピソードをお話しすると、それまで静まり返っていた会場で、手を挙げる人が出てきます。たくさんの人がいる中で、勇気を出して手を挙げ、質問をした後の女性の表情は、達成感に満ちているのですよ。言いたいことがあるなら、言わないよりは言ったほうがいい。やりたいことがあれば、やらないよりはやったほうがいいです。思いを行動に移すには小さな勇気が必要ですが、勇気を出した結果得られる達成感は、必ず人を成長させます。

 小さな勇気を積み重ねると、大きな勇気が出てきます。本当に大切なことを決めなければならないときに、ちゃんと決断できる自分へと成長できるんです。

――「勇気を出せば人生が変わる」と分かっていても、最初の一歩を踏み出すことは簡単ではありません。

諏訪 そうですね。最近、講演会などで、「それは諏訪さんだからできたことで、誰もが同じようにできるわけではない」と言われてしまうことがあります。そういう声を聴くと、私は少し悲しいです。私自身、もともとこんな社交的な性格だったわけではなく、右も左も分からないごく普通の専業主婦から、小さな勇気を出して決断を繰り返し、一歩ずつここまで歩いてきました。私が特別なわけではなく、誰にでもチャンスは訪れるものだと思います。

 チャンスをつかむ選択をするためには、勇気のほかに、「ゆとり」を持つことも有効です。自分一人で落ち着いてものを考える時間を持つことを習慣にすると、心がウキウキする瞬間があるのが分かると思います。それが、チャンスの種です。私の場合、車での通勤時間やお風呂の中で、新しいアイデアを思いつくことも多いですね。そこから、じっくり考えを深めていきます。

――最後に、諏訪さんの「夢」を教えてください。

諏訪 はい。日本の中小企業を元気にすることが、私の夢です。そのためにはまず、ダイヤ精機を社員が輝いている企業に育てたいですし、私個人も、新しいことに挑戦してまだまだ成長していきたい。私の姿を見て、働く女性たちのモチベーションが上がるのなら、こんなにうれしいことはありません。

――今回のTVドラマ化も、まさに多くの女性が勇気づけられるきっかけになりそうですね。今日はすてきなお話、本当にありがとうございました。

諏訪貴子(すわ・たかこ)

1971年、東京都大田区生まれ。95年成蹊大学工学部卒業後、自動車部品メーカーのユニシアジェックス(現・日立オートモーティブシステムズ)入社。98年父に請われ、ダイヤ精機に入社するが、半年後にリストラに遭う。2000年再び父の会社に入社するが、経営方針を巡って対立し、退社。04年父の急逝に伴い、ダイヤ精機社長に就任、経営再建に着手。経産省・産業構造審議会委員。ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013受賞。

聞き手・文/高橋実帆子 写真/稲垣純也


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