地域医療の現実とは

飾らない語り口の山本さん
飾らない語り口の山本さん

 受け入れ枠が空いていると聞いたとき、私がすぐ決断したのは「この病院に行くなら今しかない」と考えたからでした。

 研修医は最初の2年は同じ病院に務めますが、3年目以降はまた全国の病院を選べるようになります。28歳になる3年目には専門性を高める段階になるので、他の病院が新たな選択肢となるでしょう。病院に電話したところ、まだ誰からも連絡が来ていないとのことで、テストを経て無事採用が決まり、「ああ、良かった」と安堵したのを覚えています。

 放射線量については、最初から全く心配がなかったと言ったらウソになりますが、お世話になっていた東京大学医科学研究所には南相馬市の医療活動に従事されている先生方がたくさんいらして、周りから、市内の放射線量は低く問題がないと教えていただいていました。自分でも色々調べ、「ここより放射線量が高いところって、日本にあるんだよ」と親を安心させたりしました。

 医師免許を持っていると言っても、研修医はまだまだ卵。自分が医療で貢献するとはとても言えません。でも、自分が南相馬市に行くことで、少しでも風評被害が減らせるのではないか、そうした形での貢献もあるのではないか、と思いました。住んでみるととにかく食べ物がおいしい。水が良くて、素材が良くて、魚がおいしい。冬は空が晴れ渡り気持ちがいい。曇天が続く関西とはまるで違った風景も新鮮な体験でした。

 原発事故を境に、高齢化率や独居の高齢者が増えていますが、当病院の医師の数は、事故直後の4人から今30人ほどまで増えています。日本にはもっと人口が少ない場所も多いですし、医師が一人で看護師はいないという場所もある。南相馬という場所が抱えている問題を目の当たりにしながら、地域医療の勉強をさせてもらっています。都会の病院に務めていたら、都会の医療しか分かりませんでした。

 私が目指す産婦人科医について言えば、南相馬市立総合病院には一人しか常勤医がいません。近くの病院もどんどん縮小し、隣の相馬市にある公立総合病院には産科さえありません。それでも、原発事故から5年経って里帰り出産も増え、当院の分娩は、2015年度は200件を超えています。これは、震災前の220件に迫る勢いです。でも、小児科の先生も少ない。子育てしたくても育てる環境がないのです。

 南相馬に限らず、地方にはそうした場所がきっと多いんだろうと想像ができる。大学時代、自分は恵まれすぎた環境にいたんだとひしひし感じます。