当時は「何でもやります!」が口癖だったという宇田川さん。転機は入社3年目の1996年に訪れる。世の中に出始めたインターネットの流れを受けて、ネットコンテンツを立ち上げるプロジェクト担当へと異動になった。社内の各部門から10人ほどが集められたが、インターネットに詳しい人は少ない。社外との共同プロジェクトで、仕様についての議論やコンテンツ企画を進め、ときにはサーバに関する英語の専門書を確認するような日々が1年続いた。

 「既存の仕事の流れを覚えるのではなく、誰もやったことのない仕事をゼロから作り上げること。社内だけではなく社外からの知見を得ることがとてもいい経験になりました」

知識も経験もゼロの状態からポジティブに取り組んでみる

 ネットワークや扱う対象となるゲームについての専門用語は「ちんぷんかんぷん」。会議で話される用語が分からずに、悔しい思いをしたことも。未経験であり、興味があった分野でもない。それでも「新しいことをやることに対してポジティブな気持ちで取り組んでいました」

 しかし、プロジェクトは1年で解散。その後は、インターネットを導入する必要性を社内や社外の顧客に説得し、採用してもらう仕事がメインになっていった。当時は、ホームページを持つ会社さえ少なかった時代。会社や商品を紹介するホームページ制作や、パソコン通信に向けてのコンテンツ提供を提案して回った。

 「自分たちでやるべき仕事を考えて提案していくので、すぐには相手の理解を得られないこともありました。競合他社にドメインをとられるリスクなどを伝え、相手を説得していく。将来の会社の発展のために必要な取り組みを、『なぜ必要なのか』という根拠を示しながら周囲に理解してもらう仕事を繰り返した経験は、今の立場で求められる役割にもつながっていると感じますね」

 この時に自身が成長できたという実感から、後輩にはいつも「周りがやっていない仕事を振られたら、チャンスと思ったほうがいい」と伝えているそうだ。

文/宮本恵理子、写真/洞澤佐智子

宇田川南欧(うだがわ・なお)
バンダイナムコエンターテインメント取締役NE事業部担当兼NE事業部長。1974年、東京都生まれ。94年、短大の生活科学科卒業後、バンダイに入社。メディア部で商品開発管理事務などに携わり、96年、デジタルコンテンツ事業部へ異動。以後、98年にニュープロパティ開発部、99年にネットワーク事業部とネットワーク分野の仕事を担当。2000年、バンダイネットワークス設立に伴い転籍し、主にパソコンやモバイル向けコンテンツ開発に携わる。06年、同社コンテンツ事業部マネジャーに就任。バンダイナムコゲームスへの統合により転籍し、09年、同社NE事業本部第2コンテンツプロダクションマネジャー。ゼネラルマネジャー、ディビジョンマネジャーを経て、14年に執行役員就任。15年4月より現職。