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キャシー・松井 日系移民の両親から学んだ大切なこと(2/3)

2018年3月13日

「人生は自分で選択したほうが成功のチャンスは大きい」

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育まれた「チャレンジ精神」でハーバード大学にも合格 (C) PIXTA

 大嫌いな農場仕事から一時でも逃れたかった私は、さまざまな〝仕事の創出〟に知恵を絞りました。規格外で市場に出せないバラをきれいに束ねて、日曜のファーマーズマーケットで売ったり、学校の先生の自宅の掃除や窓拭きを買って出たり。ニーズをくみ取り、自ら仕事をつくり出すことは、とても面白く感じました。

 学校はずっと地元の公立です。高校は教育レベルも高くはなく、大学進学者も少なかったこともあり、私は毎日スポーツや演劇に明け暮れていました。そんな私がハーバード大学進学を目指したのは、5歳上の姉がきっかけでした。姉は、親に黙ってハーバード大を受験し、見事合格。父は遠い東部の大学進学に大反対でしたが、知人から「ハーバードはアメリカの東大だよ」と教えられた途端、「行ってよし!」と一変。そして私と2人の弟は、「ハーバード進学か、農園を継ぐか、2つに1つ」の選択を迫られるように。農園を継ぐことだけは絶対に嫌だった私の気持ちは、おのずと決まったのでした。

 小学校を1学年飛び級していた私は、17歳で大学に入学。私たち姉弟は4人ともハーバード大に進学しました。その秘訣は、ひとえに育まれた「チャレンジ精神」でしょう。とはいえ、高校しか出ていない両親は「大学に行け」とうるさく言っていたわけではありません。「最低限の選択肢を与えるから、あとは自分で考えて選択しろ。人生は自分で選択したほうが成功のチャンスは大きい」とよく教えられていました。

 大学のキャンパスで初めて意識したのは、私自身の出自についてです。サリナスは、ほとんどがヒスパニック系かアジア系の移民でした。そのなかでは、自分のアイデンティティーを特別意識せずにいたのですが、大学の学生組織が「アジア系アメリカ人」「日系人」などにグループ分けされていて、初めて自分が「日系アメリカ人である」ことを実感させられました。

 大学で国際関係論を学ぶなか、外交政策に興味を持ち、外交官を目指すようになりました。3年生のとき、インターンシップで国務省へ。毎日、東アジア政策に関するトピックを調べてまとめていたのですが、私のレポートは上司のデスクに積み上がる一方。聞けば、「国務長官のデスクまで“届く”レポートは多くて2割」とのこと。混迷する世界情勢で、さまざまな情報を収集するのは重要ですが、血気盛んな当時の私は、「外交官の仕事とはこの程度か」と思ってしまった。自分の仕事が上に届くまでに時間がかかるのは性に合わないと、外交官になることをあっさり断念。でも、「何になりたくないか」が分かったのは貴重な経験でした。

 目標を失った私は、大学卒業後、奨学金で日本へ留学、初めて日本で暮らしました。国際基督教大学と神戸大学大学院に留学した2年間は驚きの連続! 街中に自分と同じような顔や髪の色の人があふれているのですから。私が話す日本語は、奈良県出身の両親譲りの“関西弁”であることも初めて知り…。祖父母に会い、自分のルーツを知ることもできました。

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