「トランプに入れるしかない」ハッピー・リタイア夫婦の選択

北ミシガン住民、テッドの70歳の誕生パーティの風景。自宅ガレージで  撮影/長野美穂
北ミシガン住民、テッドの70歳の誕生パーティの風景。自宅ガレージで 撮影/長野美穂

「トランプかヒラリーか、どちらに投票すればいいのか、心が引き裂かれる感じ。正直、どちらにも投票したくない。でも選ばなければいけないなら…私は、トランプ」

 北ミシガンの街で、看護師の仕事をリタイアしたばかりのジェインはそうつぶやいた。

 彼女は60代前半。

 彼女の夫テッドの70歳の誕生日パーティーが彼らの家のガレージで昨夜開かれ、近所の人々や友人など約50人が招かれていた。

 たまたま彼らの家の隣の友人宅を訪れていた私は、ジェインとテッドとは全く面識はなかったが、その誕生パーティーに飛び入り参加させてもらった。

 北ミシガンという土地は、そのぐらいご近所さん同士の関係が密な場所なのだ。

 その翌朝、自宅の庭のデッキでパジャマ姿でコーヒーを飲みながら、ジェインは渋い顔で「トランプに入れるしかない」と言う。

 たまたまオスロからジェインの家を訪れていたノルウェイ人の看護師仲間は「あのトランプに入れるの!? あのクレイジーなトランプに? 本当に?」とコーヒーを吹き出していた。

 「私たち夫婦のラストネームは使わないで」と釘を刺しながら、ジェインは話し出した。

 ジェインは白人で大卒。看護師としてのキャリアを築き、看護師労働組合が待遇改善を求めてストに突入すれば、契約を勝ち取るため、病院側と徹底的に闘ってきた。

 夫のテッドは、白人男性。大学院でソーシャルワークの資格を取り、刑務所の重罪の受刑者たちを相手にするソーシャルワーカーの仕事についていた。

 今は引退して、ミシガンの大自然の中、鹿や熊などの狩猟や湖でのクルージングに明け暮れている。ハッピー・リタイア夫婦だ。

 ナースにソーシャルワーカー。

 まるで民主党支持者を代表するかのようなイメージのある専門職についていたふたりが、揃ってヒラリーよりトランプを選ぶと言うのだ。

「オバマ政権は、社会福祉に金をただバラ撒くだけで、無策。受刑者の更生になってないんだよ」

 テッドは吐き捨てるようにそう言う。

 「え? ちょっと待って。その社会福祉に使われる税金であなたのソーシャルワークの給料は支払われてきたんじゃないの?」と聞いてみた。

「ソーシャルワーカーの給料自体は大統領がヒラリーになろうが、トランプになろうが変わらないよ。受刑者にはソーシャルワーカーがつくのは法律で決められているし、州の管轄の州刑務所なら連邦政府は関係ないしね。でも、ヒラリーはオバマの『大きな政府』を受け継いで税金を湯水のように使って役に立たないソーシャル・プログラムを運営する役人を増やすだけ。結局、本当に必要な受刑者の更生プログラムに回る資金が減る。オバマ政権下の8年で俺たちソーシャルワーカーはほとほと疲弊させられてきたんだから」。

 看護師だったジェインも、オバマケア導入で、病院側にかかる金銭リスクが増えて経営に影響し、それが現場のスタッフの給料や待遇にマイナスに作用してきたと語る。

「オバマケアは患者にとってもマイナス点が多いのよ。これまで無保険だった人だけにはいい制度だけど、大抵の患者にとっては、オバマケアで、以前の保険よりも薬の値段が跳ね上がったり、自己負担分が増えたりして、患者のポケットマネーで払う負担はむしろ増えてるしね」

 この夫婦の家のガレージには「No Bama No More」というステッカーが貼ってあった。

 そして、その夜、友人カップルと話していて私はまた驚かされた。